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まよいまいまい [閑話休題]


わたしは、牌の効率とか、そういうことは


もちろん当たり前にとても大切だ、と思うのだけれど、


それだけで、麻雀を理解できるなどとは、微塵も思っていない。


それは、当たり前のこと。


場況判断とか、高期待値の打牌などは、当たり前に努力するべきこと。


だけど、私はそれ以上に、それ以外のことにも、注意を払いたいと本気で思っている。


当り牌を掴まない、努力。


ここ一番で勝負手を入れる努力。


それらは、全て常日頃と繋がっている。


だって、ツカなくなってしまったなら、どうしようもない。


効率とかなんとか、言ってる場合じゃなくなる。


オカルトと言われようが、私は「そういうことも」とても大切に考える。


「やれば、できるかも知れない。


でも、やらないと、何も出来ない。」


ツキとか、流れとか、は存在します。


そういう要素を無視した麻雀もそれはそれで


その人の信じることだから、善い悪いの問題ではない。


「存在しない」というのであれば、形而上の事柄は


どれも「存在できなく」なってしまう。


とにかく、麻雀は、形而上、形而下、を問わず


あらゆる事柄を綯い交ぜにした事象から、


自分の感性で、道を切り開くもの。


もう、他人と共有したいとは思わなくなっているけれど


信じることの根底にあるものは、微塵も揺るがない。




::::::::::::::::::::



ぼんやり、そのひとの麻雀を眺める。


一打の理由がどうだ、とか、効率がどうだ、


そんなステージでのことではなく


その一打に想いがあるのであれば、


その発露を感じたい。


と、そのように願う。


ぼんやり眺めていると、やはりまよいまいまいだ。


決断できないでいるさまが、零れ落ちている。


迷う理由は、自分で決めなければいけない、と勘違いしているから。


道がわからなければ、深呼吸をして世界を見つめてみればいい。


ひとりではない、そのことに気づくはずだ。


同卓者がいて、そして牌がある。


迷うのであれば、場の状況や他家、牌の様相に尋ねればよいのだ。

:::::::::::::::::::


確か、こんな感じのシャンテンだったと記憶している。


マンズが強かったので、やはり先にマンズの形が決まった。


三四五五六七②③④⑤5688


ここから、⑤を切る。


ああ、三色がおろそかになっている・・・。


もちろん、三色の手組を成就させるには、


たくさんの条件をクリアする必要があるから、


ここでの②や⑤の切り間違いなど、形而下の理屈的には大きな問題ではない。


だけど、私は、そのようなちいさなことが、


おおきなしっぺ返しになって返ってくることがある、と


いうことをよく知っている。


本当に痛いくらいよく知っているのだ。


オカルトだ、といえばそうかも知れない。


だけど、私は、麻雀におけるの全ての出来事は繋がっている、と信じている。


ちいさな手抜きや迂闊さが、のちのち自分にかえってくること。


また、ちいさながんばりの積み重ねもまた、のちのち自分にかえってくる。


因果応報。


麻雀は真実への道である証、ともいえる事象。


大切なことは、ちいさなことを、おろそかにしないことだ。


余計なことを言うつもりはない。


つかさ会では、めいめいがめいめいの精一杯で


自分の麻雀に臨めばよい。


私は、質問をいただいたことにしか、答えることはしないし、


どんな麻雀を打っていただいても、まったく私の預かり知らぬ世界。


余計なお世話サマーは誰もしあわせになれない世界。


だけど・・


そのひとが、どういう想いでつかさ会に参加しているか、


そのことを考えると、やはりスルーは不誠実だ。


7年近く費やしたであろう時間と、積み重なったゲーム代は


もはやその人生の一部と言ってもよいほど、実は重い。


他の参加者であれば、次回のそのひとの気づきの為に、スルーでいい。


だけど、このひととはいつか、同じ景色が見たい、と思う。


「三色の見落としはだめです。」


思わず口を開く。


「ダメです。」


大事なことなので、2回重ねる。


みんな気づいていないんだ。


麻雀の本当の怖さを。


ここ一番で、手が入るには、牌の力が必要なんだ。


三色をおろそかにすると、


本当に三色が必要なときに、三色が入らなくなる。


それが、いつなのかわからないけれど。


でも、本当にそうなんだよ。


そう思いながら、卓を離れた。


そして、そのひとのその日最後の半荘の最終局。


麻雀は、われわれの気づきのために、その未来のために


ひとつの残酷な奇跡を用意していてくれた。






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充分形と最終形 [閑話休題]

麻雀には、その手牌や場の状況により、目指すことのできる最高形がある。


またそれとは別に、その場の状況に最適な充分形というものが存在すると私は思う。


私は最高形よりも充分形を意識する。


充分形を組むために最高形をイメージする。


充分形が組めたならば、欲は捨てて和了へ向かう。


6000点オールを和了した東ラスの親番。


ドラは二ワン 14000点持ちのトイメンから五ワン手出しのリーチが刺さる。


そうして一発ツモ。


⑥ピン 二二六七八①②③⑦⑧678ツモ⑥ 倍満の和了だ。


五ワン手出しのリーチなので 二二五六七①②③⑦⑧678 の形から五ワンと八ワンを振替えてのリーチ。


なるほど、三色を大切にしたよい麻雀だ。


だが、これが最高形かといえばそうではない。


二二六七八①②③⑦⑧678ツモ⑥ に①と④が振り替わった


二二六七八②③④⑦⑧678ツモ⑥ こいつが最高形だ。


運よく三色の⑥で和了できたからよい。


けれど、⑨が出てしまっては三色を意識したことが意味をなさない。


私は、この手は、この状況であれば、即リーチである。


二二五六七①②③⑦⑧678 これでよい。 マンガンでよい。


他家へのけん制など、場の状況を考慮すればマンガンテンパイでも恩の字だ。


テンパイを組むまでは、三色は見落とさないように注意する。


けれど、テンパイを入れてしまったならば話は別だ。


けれど、最速でなおかつ値段もあり、両面のテンパイ。


この利を生かさない理由はない。


他家にほんの1巡自由に打たせるだけでも、状況ががらっと変わる。


リーチをかけていれば、他家が打ち出すことのできない牌。


リーチを打たなかったことで、その牌を打たれて処理されてしまうことはもう失点と同じだ。


それくらい、麻雀における1巡というものは重いのだ。 この状況。


①点棒が14000点くらいある。(親の12000点に耐えることができる。


②自分以外がノーテン。


③ドラを自分が持っている=他家が持っていない。すなわち自分のリーチは脅威。


ダマで三色振り替わりを待つには、リーチの条件が揃っている。


まだ、南場がまるまる残っている。 オーラス、倍満ツモが条件の局面ではない。


ともあれ、 二二六七八①②③⑦⑧678ツモ⑥ と、倍満を和了した。


ということは、牌が三色になりたがっていたことになる。


一発で⑥ピンがいた、ということは、ともあれ正解だったということ。


この結果には素直の感謝するべきだ。


問題は、まだ、南場が残っているということ。


この和了を次局につなげていかなければならない。


もし、充分形と最高形を取り違っているとしたら、押し引きのバランスでエラーがでる。


和了と振込の次局は本当に大切だ。 牌を信じることは良い。


けれど、他家の状況を鑑みこともとても大切だと思う。


スタンドプレーでは、未来に繋がらない気がするのだ。


そうしてもう一つの事実は、同卓しているせんぱいと私がこの倍満に違和感を感じていること。


なんともいえない、場に符号していない感覚。 卓上の違和感を感じとり次局へつなげていきたいものだ。


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ゼンツマン [TSUKASA会]


ゼンツマン。


もっとも忌むべき存在。


どんな牌でも、全部つっぱってもよい、なんて状況


内容の価値を競う麻雀ではありえませんから。


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せっかくの休日を「つかさ会」参加につかってくださるみなさま。


その対局は、やはり責任重大だと思うのだ。


だから、ちょっと反省も踏まえて、とあるオーラスを記事にしたい。


::::::::::::::::::::


ミュールールでの対局。


積棒なし。一発裏無し、食い替え有り、リーチ後のアンカンなし。


時間切れ、最後の親番


23000点くらいの持ち点棒。


上家北家がラス目。


トップ目南家は、まず前にはでてこない、そんな状況。


ドラ⑦


8巡目


上家の捨て牌がタンピン系だったので


チャンタ軸で組む。


一二三①②③137899中


この13枚に⑧を引いてくる。


ピンズは激安。


ドラの⑦以外はほとんど他家の手の中では


使われていない感じ。


一二三①②③⑧137899中


中を切り


ドラが⑦なので、⑨を引けば、


一二三①②③⑧⑨13789


将来


一二三①②③⑧⑨11789


こういう変化、リーチツモで8000オールまで見える。


ピンズの安さとドラそばの⑧の力をおろそかにしてはいけない


変化の可能性に対応するべき、と思い


打中、としたなら、中がかぶった。


一二三①②③⑧137899


もちろん、ここに9ソウを引いても、⑧を引いてもリーチだが。


こういう後手を踏んだ時は危険だ。(そんなオカルトありえません)


そうしているうちに、ラス目上家から、リーチ。


おそらくは高得点だ。


上家は、このオーラス、いつもより


河をチラ見する頻度が多い。


気のせいではなく、チラ見している。


高得点が必要なラス目。


で、リーチ。


ということはリーチをかけたほうが


和了がしやすいテンパイ、ということになる。


何度も河を見て、逡巡する理由は、(そう思える)


ダマでも和了できるけれど、リーチをかけたほうが


和了しやすい、ということではないだろうか?


そういうテンパイは麻雀においてひとつしかない。


チートイの単騎待ちだ。


リーチ者の河はチートイに見えにくく、


それがそのまま、リーチ選択の理由になっているのではないか?


リーチをかけたなら、親番の私に少なからずとも制約をあたえることができる。


さらに、和了を求める私からの直撃は多いにのぞめるところ。


私は、このリーチを、チートイドラドラ


「リーチをかけたほうがでやすい待ち」と決めて


地獄待ちのチートイ牌以外をすべてたたき切る。


ドラの⑦? ありえない。


ドラの⑦は2枚持っているはずだ。


でも、待ちにはしないはず。


大丈夫。


ノータイムでたたききる。


二ワンツモで手が止まる。


二ワンは234、123、345、


の三色牌。


リーチ者の河には、三色の可能性が少しある。


けれど、ピンズターツが組まれているとは思えない。


それに、マンズ二ワンが和了牌となるなら、河を確認する理由に


説明がつかないし、決意のリーチにたどりつく理由としても不十分だ。


これも、切る。


無スジの牌をひたすら切り続ける。


流局。


どこの単騎待ちだろうか?


と、のぞきこんだなら、


ドラ⑦ヘッドの、カン③の234のタンヤオ三色だった。


たしかに、ピンズはやすいから、河に落ちそうだ。


リーチを打つことで、私からの直撃でも12000点になる。


③は、わたしはつかめば、たたき切る牌。


234の確定三色の形は想像がつかなかった。


②も④も私の目からは、3枚づつ見えている。


しかも、序盤に切り出されていて、ピンズは他家も


ほとんどツモ切りを重ねている。


ち、ちがうんです!


ゼンツマンじゃなんです!


と、心の中で、叫んでいた。


北家は、最初っから、ハネツモ浮上しかかんがえていなかった、


ということだ。


その捨て牌にあわせて、チャンタに組んだ、


そこまでは、私の選択は間違っていなかった。


8巡目で、ツモ倍の手組を残すことも


やりすぎだったのかな、とは思わない。


ただ上家の打牌に対する推察が不足していた、と反省するばかりである。











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配牌時に考えること [哲学する麻雀]

シュンツになりにくい牌というものについて考えてみたい。


字牌。そして1.9.、さらに2、8 4.6


そして、3と7. 牌の持つ力が、それぞれの場の性質によって、大きく反転する。


トイツ場の場合 字>1・9>2・8>4・6>5>3.7


シュンツ場の場合 3.7>5>4.6>2.8>1.9>字 となる。


123456789


この数の並びをみてもわかるように、 牌を横につなげてゆくには、3と7の使用頻度が高くなる。


そして、さらにこの3と7をつなげる牌が5.


その357の間を補完する6と5. 34567 をさらに横にひろげる2と8。


2345678 なので、


配牌を受け取りシュンツに向かいやすいな、と私が感じる時というのは やはり、3と7の数。


これに尽きる。


逆に、3と7が少なく、字牌や1、2などの牌が多い配牌時には、


その重なりのいかんを問わずトイトイをベースにする。


二二①⑧⑧⑨56東北北白中 たとえば、このような配牌。


第一ツモが、一②1289と字牌ならその重なりの如何を問わず、


私は打6ソウを選択することが多い。 縦へ。


けれど、 第一ツモが三③⑦37だったりした場合、字牌を切り縦と横、両方の牌組みを視野に入れる。


だが、この配牌時はこの牌姿でもタンピン三色へ組み変わることもあるので、2、枚ツモって判断したい。


そのあと、2.3枚ツモリ、やはり縦かなと感じるようであれば、縦の方向チートイ、トイトイへ。


シュンツかな、と感じるツモであれば、ピンフへ。


そして、シュンツとトイツの混合場だ、と感じるのならば、チャンタを軸に組む。


チャンタは随所で形の測れる最強の手役。


①に③をツモッたり①①②に③をツモれば、シュンツ形チャンタ。


①に①をツモった場合や、①①②に①をツモれば、トイツ形チャンタ。


①に②をツモッた場合は、トイツシュンツの判断の難しい混合の場、だと判断。


これらの自分のツモ牌の動きを軸に場の状況にあわせて軌道を修正する。


もちろんマジョリティではない見解だけれど、トイツ場での牌の組み方を。


さて以下の形。 一一66東東南南西西北北発 


一一6699白白発発中中北 ドラは、二ワンだとして、3巡目だとする。


このテンパイはいかがだろうか? うーん。ちょっとこの例は不適切かなあ?もとい・・・。


ちょっと極端すぎるので、形を変えます。


たとえば、 一一九九①①⑨⑨66北北発 こんな形。


1,600点のテンパイである。3巡目。


オーラス和了トップだとして、どうだろうか? どれもなんとも釈然としないテンパイである。


1,600点で充分。 だから、充分形を満たしている。


けれど、未練や迷いが残る可能性もある形。 どうしてこうなった。?


テンパイを組むその前に考えなければならないことがあるのでは?。


他家の動きである。 最速のテンパイをチートイで組んだとして、


①他家を抑えることができるか? ②迷わず揺るぎなく最終形の待ち牌を選定できるか?


が、とても重要になる。 なので、私なら、この6ソウのトイツを1巡目に払う。


一一 九九  ①① ⑨⑨ 北北 発


これらの、牌の変化を道しるべとして、組み立てる。


①他家の力も借りて ②迷わず組める マンズもピンズも2378はチャンタとしても活用できる。


1メンツでもアンコウになれば、勇気が湧く。


他家から、こぼれ食い仕掛けることができても、勇気が湧く。


その場の状況が、和了させてくれているような気持ちにさえなる。


麻雀は全員の手牌と捨て牌で打つもの。


ちなみに、わたしは、自分の牌、他人の牌という考え方が希薄。


総じて等しく麻雀牌、である。 同じくらい大切。


もし、結果が意にそぐわぬものとなったとしても、 ストレートにチートイでテンパイに組み


①リーチを逡巡 ②待ち牌を決めかねて迷う。


などどいう状況を自ら招くよりも、遥かに力強い。


かえせば、ストレートにチートイを組んでも 「リーチ判断や待ち牌の選定を迷わない」のならば、


それもまた力強い。 わたしには、到底真似のできない高い別次元のレべルの麻雀だ。


けれど、私は心が弱いので、牌の形に道を教えてもらえないと、勇気をもって組めない。


どうしてよいか分からない。 だから、牌の形を大切にする。


私にとって麻雀はそれが全てだ。


どんなに経験をつもうと、私が麻雀を打ってるのではなく、


麻雀を打たせてもらっているのだ、ということ。


人生で、つまづいて、倒れそうになったとき、誰かの言葉を勇気にかえて立ち上がる、ことと同じ。


一人で生きてゆけるほど強くはないし、 一人で打てるほど、強くもない。


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待ち読みの限界 [麻雀レシピ]

 麻雀の形の作り方は、人それぞれである。


私は、基本ツモ和了中心。


ただ、ツモ和了の足がかりとして、ロン和了を考える。


ロン和了で、牌を動かせるようにして、変化のあるターツでテンパイを組む。


ツモれるターツであれば、むしろ出さないで欲しいと思うほどだ。


チキンなので、見逃しは怖くてできない。


そして、安全牌で、和了されると、修正困難に陥る。


 過去の対局。 下家の、Aさんの牌の切り順がいつもと違う。


純粋に牌効率に殉じているとは思えない。 強い数牌が、バラ切りされすぎ。


親番なので、テンパイに向かってまっすぐ組むはずだ。


なのに、この切り。 よほど、牌勢がよいのか、受身なのか、どちらかではないか?


過去の対局でのデーターから鑑みるに、おそらく後者だろう。


受身、であることに決める。


「えい!」


 ・・・・ 私の打牌が刺さる。


人読みの待ち読みの限界。


読み間違うとたいへんなことになる。


お陰様で東場は、終始、濃霧の森を彷徨うことになる。


刺さる、刺さる。 人読みの部分が揺らぐと、現物以外切れなくなる。


局面の舵取りを他家の奪われると、迷いが生まれ


大きく場を読むことができなくなり萎縮してしまう。


親の連荘が続く。 もしかしたら、Aさんの親番である最終局南四局は迎えられないかも知れない。


現在の点差12,000をまくることはおろか、


そのいっぺんのチャンスさえ訪れない可能性もでてきたし、


南3局の私の親番も怪しい。


Aさんの下家はなぜ捌かない? 和了できなくても、牽制くらいできるだろうに。


上家である私はAさんを苦しめることができない。


そうして、やがて、Aさんの親は落ち、場は進む。 そんな、南2局。 トップ目のAさんとは10000点以上の差。


次局は、私の親で、最終局は代表の親。


オーラスを迎えるのであれば、最低でも 5200点で、逆転できるようにしたい。


この局は、Aさんを守備に回らせて、テンパイ料をいただくだけでも充分である。


とにかく、強い仕掛けや、強いリーチが必要だ。


この、南2局で、Aさんに加点されると辛い。


配牌は、粉々。


だが、序巡にダブ南が重なる。


そして、ピンズが押し寄せる。 ドラは3ソウ。


中盤、最初の選択。 ③③④④⑥⑦24南南北白白 にツモ白


この、南2局で、代表に加点されると辛い。


テンパイ組みに、ロスやエラーは許されない。


ドラのカン3ソウ受けであれば、リーツモ白ドラ1で、8000点の和了。


だが、みんなの宝物であるドラでの和了は、なんとも困難な予感がする。


考える。


おそらく、これは、翻弄されエラー続きだった東場を挽回して、


オーラスへ希望をつなぐ 最後のチャンスだ。


ドラの3ソウを受け損ない、自分の河に3ソウを溺れさせてしまうリスクは大きい。


だが、3ソウさえ持ってこなければ、手出し4、2切りは、ドラの3ソウを抱えたチートイツに見えなくもない。


 Aさんの河には⑤⑤⑤がたくさん捨ててある。


これは、②⑤では和了できないことを教えてくれているのか。


①ピンズが押し寄せている


②24のターツは配牌から、変化しない。ここまで、ソーズを触れていない。


③そして、白のたてつも。


④自分は南家で子供、リスクを冒してまでトップ目は捌きにこないはず。  


一番望まないことは、2着目である私に振り込むことだからだ。 北を外し、次のツモで全てを図る。


ソーズなら、染めない。守備が弱くなる。


だが、たてつも、③や④を引いたなら、メンホンだ。 このツモに賭ける。


④つも ③③④④⑥⑦24白白白南南 ツモ④ 場に飛びすぎている⑤⑧を引いたならリーチ。


③や南を引けば、スッタンへの変化もあるのでダマ。


③③③④④④⑥白白白南南南の仮テンパイにうけ ②を引いたならば、16000点確定リーチだ。


それでもって ⑧を引く。


③③④④④⑤⑥⑧白白白南南 ツモれば、ダマでも16000点だが、リーチ。 目的は、点棒ではない。


トップ目を抑えることだ。 精神的に楽をさせないことだ。


もし、攻められて、放銃することとなっても、2着目は狙える。


どのみち、2着なら満足のいく2着でよい。満足のいく結果が欲しい。後悔したくない。 万が一、


⑤4枚の所在を知る者から、③がこぼれるかも知れない。 ④④④⑤⑤⑤を殺しているのだ。


③はいる。牌山にいる。


もし、誰かの手の内にあるのなら、⑤三枚の切り出しをみて、そのターツを払うはずだ。


⑤乱打を逆手にとり、③でのチートイを考えない限り、持っていれば、序盤に切り出されるはず。


出和了なら、ダマの一手。 だが、トップ目を苦しめることができれば、点棒なんて今は最優先事項ではない。


ツモを信じる。 そして、そのあと、訪れる親番での牌組を思案しよう。


南をツモる。 ③③④④④⑥⑦⑧南南白白白 南 4000、8000。 僥倖だ。


だが、まだ2局ある。 8000点ツモで、Aさんに逆転されるおそれのある私の親番。


(正確には、私のカウントミスでハネツモでなければ逆転不可) 全局の和了はおまけ。


そう思って4000オールを組みにゆく。 けでど、その途中に対局の時間切れを知らせるタイマーが鳴る。


またしても、時間に救われる展開となる。


もう、いっぱいいっぱいだった。 牌の切り順を変えられるだけで、ここまで苦しめられるとは。 


くりっく願います↓
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トイツ場の牌山読みのレシピ [麻雀レシピ]

トイツ場は得意ではない。


けれど、なんとなくおかしいな、そう思うツモの違和感。


また、捨て牌の違和感から、トイツ場を意識する。


私の思うところの捨て牌で感じ取れる場合というのは、


他家を含み、捨て牌にトイツが現れている、ということ。


例えば 捨て牌がかぶり出したならば注意。


もう一つの判断材料はツモ。 23456 などというターツに2とか、5とかをツモッてくる。


これも、トイツ場のサインで、シュンツでは牌が組みにくい場なのだ、と推察できる。


トイツ場だと判断した状況で注意するのは


、ターツ処理された裏スジの牌を他家に持たれている可能性が高い ということ。


34と捨てられていた場合、2ソウや5ソウはアンコウで持たれている可能性が高い。


これは、2234と持っていて2ソウをツモり、トイトイに移行。


3455と持っていて5ソウをツモりトイトイに移行。


など、トイツ場ならではの牌の移行が存在するということ。


ここに注意する。 トイツ場は、すべて縦で組むため、牌の価値は等価値。


どの牌が山に残っているか判断することは、非常に私には難しい。


なので、 トイツ場を感じたら、それを破壊するために


24で、カン3ソウをチーもしくは両面のターツをチーするなど、


牌を繋げる鳴きを繰り返して、シュンツ場に戻す努力をする。 一::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


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中盤の牌山読み [麻雀レシピ]

私は、カンチャン待ちが好きだ。


狙いを一点に絞ってツモリ切る、この感覚が好き。


でも、だからといって・・・


なにも、良形より愚形が優れている、というオハナシではない。


牌山にあるターツで組めた多面待ちのほうが、ステキに決まっている。


麻雀的に)


中盤以降ともなると相手の手出しの牌の持つ意味も大きくなる。


中盤から終盤にかけてよほどの熟達者でない限り、手出しの牌は直前まで必要だった牌。


ということは、その周辺の牌は持っている可能性が高い。


返せば、手出しの牌の周辺以外は持っていない可能性が高い、とも言える。


すなわち、ノータイムツモ切りの牌。 一瞥もなく切られた牌。


その周囲の牌は、まったく持たれていない可能性が高い。


もしくは、持っていても完成されたひとメンツである可能性が高い。


二三四 なんてところに、三を持ってきてもノータイムツモ切りだ。


要するにそこで「ひとメンツ」。すなわち数牌はそれぞれ一枚しか使われていない可能性が高い。


私は、スライドも極力しないようにしている。


①②③に④を持ってきて①を切る、など。


その色のその部分が手の打ちにあることが、他家にバレてしまうからだ。


カラ切りもしない。 ①②③に③を持ってきて、手の打ちから③を切る。


 相手に情報を与えることは、そのままエラーに繋がる。


その情報が正確云々の問題ではなく、手の内から③が打たれた、ということを


他家が知っている、ということは、デメリットのほうが多い。


(ごくまれに空きりに効果があるケースもあるけれど・・)


とにかく、終盤の手出し牌は、情報がいっぱい、ということでございます。

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牌山読みのレシピ [麻雀レシピ]

当ブログで色の偏りとか牌のアヤなど、取り扱ってはいるけれど、


それは、所謂、技術面で可能なことを全てこなした結果、そういった偏りも加味する、というだけのこと。


大切なのは、与えられた場の状況に合わせて最大限の努力をすることだ。


牌山にいそうな牌を見つけるために、どうすればよいのか。


まず、相手の手牌の推察。


それは、終局時。


そこには、4人分の捨て牌が並んでいる。


この時に、相手が手を開く前にテンパイの形を想像する。


マンズのどの部分が何枚、とか、ピンズが何枚とか。


そうして、実際の相手の手組みとの読みのズレを修正する。


それを延々と繰り返していると、四人分の捨て牌が一つの絵のように見えてくる。


手牌も捨て牌も実はつながっているのだ、と。


相手の和了時も同様。 この習慣がついた後、今度は相手の捨て牌から牌山に残っている牌を読む。


まず、1打目に切られる1と九に注意する。


経験上、あまりにもはやく1や9が切られる場合、その色の2と8は牌山にいることが多い。


アンコウで持たれていることは少ない。


他の形がバラバラで、1222となっても、すぐに1を切る人は少ない。


1234の形が入っていても、1を切る人は少ない。


134なら、1を切る。 145なら、なおさら1を切る。


手役を追うのならば、必ずしもこの限りではないけれど。


これが、中盤の1切りなら2もしくは、3はアンコウになっている可能性が高い。


122 133の形で構えていた可能性は高い。


122より133のほうが優秀なターツなので、中盤の1切りだと3は持たれている可能性が高い。


889、779も然り。


中盤までにどの色の2や8が牌山にいるのか当たりをつけたなら、その受けとなる牌を残す。


3や7を単独孤立牌として手牌に残すのだ。


それに、1や9をくっつけてテンパイ。 かなりの和了率だ。


私の愚形は、かなり嘲笑されてきた。


汚い、見苦しい、浅ましいと。


カンチャンのドラカン⑧ピンなどを一発でツモッたりすると、 「簡単なマンガンだな!」 と、


さも楽に和了しているかのように責められる。


だが、こちらは序盤に他家の河に切られた9を頼りに他のダメそうな両面ターツを払っているのだ。


ドラが⑧の場合、1打目に⑨を切っているとすれば、⑧⑧⑨からの打ち出しの可能性があがる。


けれど、その⑨を切った打ち手の麻雀の打ち筋なども鑑みてカン⑧を山読みしているのだ。


うまくいかなくったってよい。


うまくいかなかったことを次回につなげればよいだけだ。


そもそも、麻雀はテンパイの形の美しさを競う競技ではない。


手なりでの良形テンパイより、牌山や相手の手牌を推察した愚形テンパイのほうが価値があると私は思う。


なによりも、そういう工夫を心がけることで場の状況から読み取る情報の質が向上する。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ランキングに参加をしています。クリックしてくれるとうれしいです。 <→
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2鳴きについて [TSUKASA会]

1枚目は、鳴かないけれど、2枚目鳴きます。


1枚目から仕掛けるのは、がっついているみたいで格好悪い。


そういう美学を持っている人もいる。


何もかも見るポン出るチーではがっつきすぎていて、美しくない。


この気持ちは実は理解できる。 なんだろう、うまくいえないけれど、


値段を高くしたい、とかではなくて、「楽をしない」という意味での拘り。


また、慎ましやかである、という拘り。


トッピング有りの、むしろトッピングがウリのうどん屋で、 かけうどんをたのむような、


そういうカッチョ良さである。


だが、そういう拘りは別として、2枚目は仕掛ける、所謂「2鳴き」から何が測れるだろうか?


2鳴きの理由はなんだろうか?  


*鳴かない方がよい条件が揃っているけれど、2枚目が出るのならば、鳴かないとハナシにならない。


ということではないだろうか?  


まあ、一二三四五六⑤⑥112発発 みたいな形ならば、


一枚目を見送ってでも発を引き面前の④⑦待ちにしたいと考えるだろう。


すなわち、2鳴きは・・・


①面前での形が、面前に固定できるほど意味の大きいものではなく、


②なおかつ値段も弱く


③その仕掛けの結果テンパっている可能性が高いということ。



とある、対局。 おっ、と思った3900点に出会ったので、ちょっと載せてみます。


全体牌姿を、もう全然覚えていなくて申し訳ないのですが・・・


他人には、「牌姿」をちゃんとおぼえようね! なんて言っているくせに、ごめんなさい。


二三四九⑦⑧⑨234西西白 ドラ九ワンと西 これは間違いなく組まれていたと思うので、


この形でいいと思います。 とにかく、ドラの九ワンに何がくっついても、


2600点までしか見込めない牌姿だったと記憶しています。


仕掛けたあとの手出しの牌は無関係な字牌だった気が・・・


この日の対局のついては、帰宅後、牌姿をノートに起こすことができなかったので


不明瞭で申し訳ありません。私の怠慢です。 西家はここから、北家の切り出した西をスルーして、


南家の西を2鳴きする。 つまり、牌姿に変化のない状態で 一枚目の西をスルー、だが、2枚目の西は仕掛けた。


そうして、九ワン単騎で3900点を和了。


これは、 ①一枚目の西は仕掛けずに、努力して面前で立てる。(イーシャンテンなのだから)


②けれど、この2枚目の西は鳴き、九ワン単騎に受ける。


その準備がしっかりできていた和了だということになる。


西の2鳴きで即聴牌。九ワンが刺さる形。


たとえば、両面六九待ちならば、2枚目すら仕掛けないだろう。


二三四七八⑦⑧⑨23西西白 また、 ドラ九ワンを2枚持っている、


という形であれば2鳴きは可能性として薄い。


二三四九九⑦⑧⑨23西西白


唯一 二三四七八九九⑦⑧⑨西西白 などの形があるけれど、


これなら 手出しの牌がもっと強い牌になるはずはずだから、この可能性は薄い。


イーシャンテンから、テンパイ。


特に相手が食い仕掛けた時の手出しの牌は特別な意味を持つ。


とにもかくにも、この3900点は、 「やるなあ!」 とおもわず感じてしまった和了だった。




沙霧.jpg


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見切る麻雀。 [TSUKASA会]

麻雀は、対人ゲーム

自分の手にばかり溺れていてはいけない。

時には、自分の手役を殺してでも、相手を押さえつける必要がある時もある。

テンパイを取らず、意味のある打牌を繰り返す。

でも、この当たり前のことを、ただ繰り返すだけでは、相手に楽をさせてしまうケースも多々あるのだ。

場の状況プラス、相手の心理状態などを推察した上での自分の手役の可能性への見切り。これも必要だ。

東1局の開局から、オーラスを想定して工夫を繰り返す。

良い牌が集まり、同時に点棒も集まったとする。

例えば、南3局、最後の親。

ダントツのトップ目が、60,000点を超える点棒を所持しているとして、 例えば、以下の河でテンパイ。

ドラ8ソウ

北9①中5九 3

三四五六八①②③④④⑦⑧⑨ のテンパイ。

直前まで、シャンテンの戻して 三四五六①②③④④⑦⑧⑨3

3ソウとマンズの伸びを期待するも叶わず。

場の状況としては、トップ目である上家がソーズの下でテンパイ気配。

もう、見切らなければならない。 即リーチだ。

この親のリーチの手を即リーチである。 この河。

トップ目としてみれば、

①先にテンパっていたのに、親リーチを打たれた。

②ダマにしていたので振り込みを回避することができる。

③ここで、親リーチに振り込むと点棒がもったいない、河も強そうだし。(ドラ使ってそう)

④点差があるので、12,000点を18,000点にするリーチかも知れない。 と、考える可能性が高い。

テンパっていることで、うまく躱そうと考えているトップ目であれば、その攻めっ気は 容易の削ぐことができる。 次巡、現物以外の牌を掴めば、降りうちに回るだろう。

この、リーチの手役でも、河が強ければ戦いようはあるのだ。

ただ、ノータイムで、迷わずリーチを打つべき。 逡巡はご法度である。

また、「いつも、相手を苦しめる重い麻雀」を心がけることも大切だ。

軽い仕掛け、相手が(特にトップ目)安心するような和了は、絶対にしないようにする。

また、自分がエラーなくしっかり打てているのなら、麻雀を信じて カン7ソウでも、リーチ。

また、16000点の手組みでもリーチだ。

エラーなく打てている自信があるのなら、ダマなら和了出来ていたのに、などと後悔する必要はない。

この人の、親番は、うざいな。

この人の鳴きは、怖いな。 と思わせることが大切。

また、値段が高ければよい、というものではない。 役満より、重い1000点だって存在する。

それは、対局者に与える影響を想像するとわかりやすい。

その1000点が、誰かの役満を潰すことだってあるのだから。


なんて記事を5年前に書いてたけど、

これって「リーチで楽をしてる」ってことだな、とか思う。



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