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カルネアデスの板 [TSUKASA会]

 ひたすら眠る。

19時間くらい眠って、「ああ一日失ったなあ」

と思い、昨日を振り返る。

ひさしぶりのモエスキー氏の麻雀が、予想以上によくて嬉しくて

ひさしぶりにえぬぐたんとカレーを食べることができて、

なんだか、ゆっくりとした時間を味わうことができて、

バタバタとしてはいたのだけれど、

ひさしぶりに自分を取り戻すことができた気がする。

思えば、オレンジ麻雀専門卒の人間が私を含めて4人も

つかさ会に参加してくれているということ、をはじめ

私は、人に恵まれている。

しっかりとした目的意識を持っている人ばかりなので、

もう私がそれほどでしゃばる必要はない、とまで思っている。

会員を増やしたほうがよいのだろうけれど、

ちゃんとフォローができない可能性が高いので、

なかなか、そうは踏み切れない。

最初によく知っている仲間と、麻雀を打つ、のではなくて、

麻雀を通して、仲間となる、ことは、とにかく困難だ。

麻雀ほど、相手に求めてなおかつ相手を許さなければならない

ものはない、と私はおもう。

強くてもダメ、勝っていても、ダメ。

愛されなければダメなのだ。

結局のところ、その人の人生の有り様がどうなのか?

という、そういう問題になってくる。

麻雀は、相手に求め続けていては、地獄に落ちる。

救われないないものねだりの地獄へ落ちる。

けれど、自分に何ができるか?を考えるだけなら、

気持ちを楽にして、他人に接することができるはずだ。

ただ、つかさ会は、麻雀を勉強する場所だから、

点数計算や、作法など、麻雀の基本はもちろんのこと、

打牌の意味についても、しっかりと考察する。

おのおのが、おのおのの、「何ができるか?」を

試行錯誤する場所としたいから。

だから、歩みは人それぞれで良い。

生まれて死ぬまでが1半荘くらいの感覚でも良い。

しっかりと、その意味を理解して、ぶれなければよい。

:::::::::::

麻雀の目的は、なんだろうか?

もちろん、勝つことだ。

勝つことだけを目的に打つ。

手段は選ばない。

という考え方は、私は悪いとは思わない。

むしろ、体裁を気にして戦わずに敗れ、

「そうまでして勝ちたくない」

と思うことは、おかしい、と思う。

なんだか、偽物だ、と思うのだ。

私は、日頃、自分が打たない牌を打ってまで、勝ちたいとは思わない。

日頃、自分が打たない、と決めている牌を

打ち出した地点で、それは「私の麻雀」ではないからだ。

「私の麻雀ではないもの」に「私」としての意味はない。

けれど、もし、そうしなければ、死ぬ、となった場合に

果しておのれの麻雀を貫けるだろうか?と問われたなら、どうだろうか?

このオーラスに和了しなければ、死ぬ、となって

リーチに無スジの牌をきらなければ、聴牌連チャンもできない

そういう局面で、

「この牌を切ったなら、自分の麻雀じゃない」

と思えるような牌を切らずに我慢をしていることができるだろうか?

無理だろう。

カルネアデスの板よろしく、

自分の保身のために、大切なものを捨ててしまうに決まっている。

自分の命のためなら、他人をも蹂躙してよし、が世の常だ。

そうであれば、現在、ここでの論旨は戯言だ、ということになる。

たかが、麻雀、とはできないし、

たかが、麻雀とはならない。

「それを和了できれば、勝ちだよ。」

そういうときの打牌は、いつも

魂の価値を試されている気がする。

そうして、なんとなくいい子ぶっている自分を

見透かされている気もするのだ。

だから、大切に打ちたい。

本当の本当に打牌の意味を問われた時に、

殉ずることができるくらい、日々の一打を大切に打ちたいのだ。

運営だと、麻雀には入れない。

何かを頭の片隅においての、麻雀など

偽物以外のなにものでもないからだ。

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どっぺるとりとん。 [TSUKASA会]

 「おお、おつかれさま」

私は、もう話しかけることはしない。

なぜなら、彼は、とりとんではない。

ドッペルとりとん。

とりとんのドッペルゲンガーだからだ。

同卓されたシミケン氏が語るには

「明らかに、それとは異なるナニカだった」という。

また、なかにゃんが行方不明になり、かわりに

ドッペルとりとんが、でしゃばってくる、という現象もおきている。

ドッペルゲンガーは3人はいる、という。

とりとん本人が、ドッペルトリトン氏と出会わないことを祈るのみだ。

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それぞれの長い旅 [TSUKASA会]

何が間違いなのか、なんて、偉そうなことは口にはできない。

けれど、自分が「それは違う」と思うことだけは、「間違い」だ、と思うようにしているし、

訊ねられたなら、きっと変わらずそう答えるだろう。

だから、今回の記事も、当然、私見に過ぎない。

;;;;;;;;;;;;;;;;;

麻雀は4人で打っている。

他家との出会い。

牌との出会い。

こういったものを、味わう一体感こそが、麻雀の醍醐味だ。

と私は思うし、そういうことを一番大事に考えることができない

そのことは、「間違い」だ。と思う。

「対局者のことを考えて、なおかつ、牌を大事にして

その積み重ねこそに魂は宿るのだ」と。

その結果であってはじめて価値がある。

返せば、対局者と麻雀をおそろかにしなければ

得ることのできない結果なら、

そんなもの捨ててしまえ、と私は本当にそう思う。

麻雀と私とあなたは、ずっと「長い旅」をしている。

そして、それが実は「旅」であったことには、長い時の最果てでしか

気づくことができないようになっている。

どの対局も全て、寸分狂いもなく等価である。

全て等しく愛しい邂逅の連鎖だ。

自分の身勝手や、都合で、そのことをないがしろにして

おろそかにして、貶めてはいけない。

自分の都合だけで、打ってはいけない、生きてはいけない。

時には、「とてつもなく勝ちたい」そんな対局もあるだろう。

時には、「こんなヤツと打ちたくないから」と乱暴になる日もあるだろう。

どうして、自分は我慢しているのに・・・

と麻雀そのものに絶望する日もあるかも知れない。

そして、それが正しいと勘違いすることもあるかもしれない。

麻雀っていうのは、そういう間違いがすぐそばにいる。

けれど、折に触れることが有るのならば、思い出して欲しい。

「あなたにとって、麻雀とは何なのか?」

本当に大切なものは、きっとあなたの心の中にある。

あなたの心無い振込みに、心を砕かれる人がいる。

あなたの心無い加カンに、悲しみを覚える人もいる。

あなたの見逃しに、惨めさを感じる人もいるかもしれない。

また、そうされることで、そうしてしまったなら、もうそれは地獄だ。

麻雀は、自分の都合で打つものなのだけれど、

自分の都合だけで打つ、なんて「横着」をしてはいけない、と私はおもうのだ。

自分の一打が、どう相手に沁みるのか?

同じ一打でも、それを考えているか、どうかで、価値は違う。

また、「こう打てば、強いと思われる」とか、

「こう、打てば、玄人っぽい」とか、

そういう考えになると、それも、また、悲しい。

もっと、もっと、純粋に搾り出すような魂の一打こそが、望ましい。

難しい。

とにかく麻雀は難しい。

だけど、難しいからこそ、誠実でありたい、と思う。

「もう一度、打ちたいな。」

と思ってもらえるためには、そういう心がなければダメだ。

悩み苦しみながらも、正しくあろうとする芯のある「打ち気。」

逡巡しないように、準備をしよう。

私が、いつもこればかりをお願いする理由は、すべてここにある。

麻雀の備えは、すべて一番大切な「おもいやり」でできている。

まず、挨拶。

対局に望む粛々たる想い。

点棒申告、点棒の支払い。

場の状況にあった一打の選択。

すべて、4人と麻雀牌で、よい麻雀を打つための最低限の準備なのだ。

あなたの一打は、あなたのものであるかのように錯覚されるけれど

実は、みんなのものなのだ、ということ。

例えば、場にきついドラの白が、

まったく同じ状況で、打ち出された、として、

その牌を、まだ慣れない初級者が、その精一杯の結果切り出したものだとすれば、

それはそれで、問題はない。

暴牌とはならない。

本当に精一杯なら精一杯な様子が、同卓者には伝わるものだから。

暴牌とは、責任の取れない打牌のことだと私は思う。

その精一杯において、その初級者は十分に責任を取っているのだから。

打牌の価値は、想いで変わる。

想いのない一打を、理論武装して、さも本物のように重ねられても、

そんなものに価値は感じることができない。心には響かないのだ。

逆に、拙くとも、大切に打っていれば、響くのだ。

おろそかにしないこと。

そうすれば、麻雀とあなたとの旅は、未来に向かい輝くだろう。

想いを込めて、峻烈な一打を重ねよう。

勝つ、とか、負ける、とか、上手とか、下手とか、マジョリティは?とか

そんな単語たちに、表現されることのないくらいの本物のステージを目指したいのだ。

そういう気持ちの欠片くらいは、まだ、私にだって残っているのだ。

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オーラスのカン② [TSUKASA会]

三①③⑦⑧⑨2345789

ドラ三

2巡目この形。

26000点くらいのオーラスの親番。

他家の仕掛けの結果、ドラの三ワンが吹っ飛んできた。

三三①③⑦⑧⑨2345789

テンパイだ。

1ソウや6ソウを引けば、イッツーの変化もある。

3ソウ④ピンを引けばピンフ。

でも、⑤とか、2ソウとか、7ソウとか、そういうへんてこりんな牌を

ツモってくる可能性だってあるわけだから。

だしかし、そんな自分の都合のよい牌の未来を夢見るよりも、

現実を見よう。場の状況という現実を。

38000点くらいと、32000点くらいの他家がいる。

ここで、私の親リーチは予想外に巡目が早いこともアリ、

効果が高いのではないだろうか?

だって、「振り込むわけにはいかない親番」なのだから。

トップ目の彼が、

「最初の上の段(5巡目)くらいまでは、他家の安牌は考えないですね」

といっていたことを思い出して、なおのこと即リーチ。

100回テンパイしたなら、100回リーチにいってしまう、と思う。

このカン②和了を12000点で和了したものの、トップには100点届かずの1本場。

チー四三五  チー七六八

三五六八

のマンズをこんな風に仕掛けられて、間に合わず2着。

いやあ、この仕掛け、自分もやるのだけれど、やられると

ものすごくやられた感がある。

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手出しの意味は・・・ [TSUKASA会]

⑤を一度切っていて、なおかつ、②手出しのリーチ。

??????

これは、三色などのスライドではなさそうだ。

場には、例えば、親番の私の仕掛けへのケア、という意味では

この②以外にも打てない牌、いや打ちにくい牌はある。

私は、⑤を鳴いて⑥を切っている。

ピンズで、私に危険な牌は、②と④だ。

(私が2と8を使ったトイトイを好む、ということを、彼は知っている。)

けれど、それより危険な牌はある。

彼のリーチはチートイツではないだろうか?

自身の⑤の切りから、②もチートイのイーシャンテンの3枚選択候補となっていた。

そして、その3枚の選択肢のうち、一番打ちにくくて、待ちにしやすい牌

を待ち牌として、選択したのではないだろうか?

それは、どういう牌だろうか?

白だろうか?中だろうか?

白なら私の勝ちだ。

その待ち牌・・?どこ?

結局分からない。

次巡中を持ってきて、

④④22444白白中   ポン⑤⑤⑤

私は、つい先程、観戦をさせていただいていた一局を思い出す。

点棒は、37000点くらいだったかしら。

ドラのない形から。

(メロンソーダ飲みながら、の観戦だったので、あやふやなところあり)

一二三四五②②⑦3445発発

ここから、⑦に手をかけずに、4ソウを切っていた。

そして、発を仕掛けて、⑦を切る。

一番場にきつい⑦をテンパイまで離さない。

ということは、今回の②もそうだろうか?

いやいや、そうだとしても、②の手出し→チートイのにおいは消せない。

だって、自分の手牌もチートイ含みだったし!

④④22444白白中   ポン⑤⑤⑤

2ソウが打たれた。

どうしよう、2ソウをおろして、中を重ねるという方法もあるのだけれど、

チートイ?白かもしれない。ドラの七ワンかも知れない。

いずれにせよ、ツモラレテシマッテは、けっこう親かぶる。

で、あれば。

ポンじゃーい!

「ロン!」

リーチの中のドラうーら!

中は、ぶちささり、裏ドラもありで、8000点の大ダメージ。

ち、チートイじゃない・・・

チートイじゃないのに、チートイということにして、打ち出してしまった感がパない。

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彼らの麻雀を見ているぶんには・・ [TSUKASA会]

彼らの麻雀を見ていることに対して、流れる時間を惜しいとは思わない。

 みな、細心の注意を払って、一打一打を取り扱っている。

どうなのだろうか?

どのレベルなのだろうか?

 わたしは「なかなかのもの」だ、と思うのだけれど

どうなのだろうか?

身内びいきだろうか?

けれど、私がそう思っている地点で、多分「悪くない」のだと思う。

ドラの西のありどころが知れたので、

四八九①①②③④⑥⑦⑧234

即リーチとはいかずに、三ワン引きを待ってのリーチ。

三四①①②③④⑥⑦⑧234 ツモ五ワン

五ワンをツモッての700,1300点は悪くない。

その次局の親番で、このイーシャンテンに。

④④⑤⑤⑥122444白白  ドラ七ワン

3ソウ③⑥引きは全て、リーチ。

その2巡後⑦を引いて、打1ソウ。

④④⑤⑤⑥⑦22444白白

この形に受けた以上、④引きも2ソウ引きも白引きも、全てリーチ。

⑤が打たれたので、ポン。④2ソウが取りやすそうだったからだ。

チートイより、トイトイのほうが、35000点持ちの親番としては、戦いやすいのではないか?

そう思ってしまったから。

⑤をポンして、打⑥.

この次巡、三ワンを持ってきたので、抱える。打⑦

次の手出しで三ワンを打てば、他家はマンズの下、

二二、一一、あたりは切ってこないだろう。

いや、切ってくるかもしれないのだけれど、きりにくい、のではないか?

三④④22444白白、  ポン ⑤⑤⑤

ツモ西で、手出し 三ワン。

よしよし、4000オール(ツモって)の手組。

2ソウも④もまだたくさんいそうだな。

そう考えていると、上家のM田氏から、リーチが刺さった。

⑤を一度切っていて、なおかつ、②手出しのリーチ。

??????

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ちゃんとやらないなら、もういらない。 [TSUKASA会]

妙に完璧主義なところがある。

例えば、ドラクエで一回でも死んだなら、最初からやり直さないと気がすまない、

とか、そういうことから始まって、

ちゃんとできないなら、全て放り出してしまう、

そういう自分の性格を好きではない。

ちゃんとできていない時間は、大切にできないのだ。

だから、結果として、何一つ大切にできていないことになる。

お茶を飲みながら、麻雀打つなんて、正気か?と思っている。

「あ」

とか、逡巡したりとか、

「ふざけるな、ちゃんとやれ!」

と、正直、いつもどこかで、思っている。

けれど、自分自身がちゃんとできていないから、

人のことは言えないし、なんか「もういらない」気分になるし、

きっと、あなたには言われたくないわー、ともなっているだろう。

自分に対して、「オハナシニナラナイナー」と思うことのほうが多いから

他の人のことどころではない、というのが実状だ。

例えば、東一局に、手牌をポロりしたりすると、

もう「途端におうちに帰りたくなる」のだ。

コレジャナイ。コレジャナインダッテ。

また、他家には関係のないところでも、

心の中でふざけてしまうと、これも同じ「もういらない」となる。

②をみて、だじゃれが脳裏をよぎったりしたならもうアウトである。

九ワンとか、1ソウとか、なんか余計なことばかり考え出したなら、もうアウト。

ちゃんとできてないから、なおのこと、ちゃんとできていない自分が許せない。

ちゃんとできている人間は、チョンとできていないことに対してちゃんとしてるのだから

結果としてちゃんとしているのだろう、と思う。

だから、これからは、少しでもちゃんとできていないことにちゃんとしよう、と思う。

大切なことは、やはり、どんなときも、おろそかにしない、ということだろう。

ちゃんとやらないなら、ちゃんとやろう。

このこころがまえよ!。

ちゃんとする、とチャンタする、は似ているから、

がんばろう、とか考えるところが、ちゃんとしてないから、チャンタしてないのだ。

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2000点には、できない手組。 [TSUKASA会]

 五六七③④⑤⑥⑦457889

ドラが六ワン。

7巡目。南家の開局刹那。

8ソウを切ろうとして

いやあ、ちょっともったいないな、と思った。

9ソウを切る、これが一番打点が高い、と。

 五六七③④⑤⑥⑦45788

この形になって2巡。3ソウカンが入って3ソウがなくなったところに

④をツモって、この形。

 五六七③④④⑤⑥⑦45788

どうせ3ソウがないのだから、4ソウを切る。

 五六七③④④⑤⑥⑦5788

⑧を引いたなら、5ソウをはずしていく。

 五六七③④④⑤⑥⑦⑧788

このシャンテンから↓なら、④と8ソウは仕掛けても3900点がある。

けれど、いつも9ソウを切るのだけれど、

 五六七③④⑤⑥⑦45789

8ソウを切って、リーチピンフドラ1でも、悪くない気はする。

実戦では、6ソウを引いて

 五六七③④⑤⑥⑦56788

リーチ。

⑧をツモって、裏ドラが8ソウで、3000,6000、だった。

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あぶねえっぺ [TSUKASA会]

点棒がモーレツたくさんあったので、正直振り込んでもいいかな、と思っていた。

だって、一番怖いことは、自分で自分のいきおいを殺すことだから。

一二三四五六七23456⑨

場に⑦がモーレツに飛んでいるのでぼんやり手の内に残っている

⑨は安全ちっくな牌。

このことが、なによりも不気味だった。

⑨をハズすタイミングがなく、ホンイツチックなトイメンのとりりんが、

ドラの白を鳴くまでは、⑨は切りとばすつもりでいた。

⑨はとおりそうだよなー。⑦いっぱい出てるし。

ドラの白を仕掛けられたあとも、⑨とおるんじゃね?

とぼんやり思っていたくらいだから。

正直、親にも、下家にも通りそうな、そんな⑨だったから。

けれど、とりりんが北をノータイムで加カンした時に、

「ん?値段は十分なかたちのはずなのに

加カンするということは、よほど和了しやすい形なのかな?」

誰が掴んでも出そうな牌なのかな、と。

その反面、

「和了しやすい形と思わせようとしているのかも?」とも思った。

面前者が3人にいる状況で加カンをしたその理由は、ほかにも

「面前テンパイ者に前に出る口実を与える」こと、も考えられる。

カンをしてドラを増やせば、他家の面前テンパイが勝負手に変わることもある。

そうして、他家をおりれなくさせようとしているのかも知れない。

精神力も体力も限界に近いマズメの対局において

とりとんがどこまで考えているのかは、分からない。

けれど、新ドラが⑨。これで、わたしが振り込んだとして

その理由は十分だろうか?

一ワンをひいて

一一二三四五六七23456⑨

絶好のテンパイ。

けれど・・・

⑨を通したところで、次のピンズや字牌を掴んできたならそれまでだ。

⑨を押すのであれば、他の牌も全て押さなければ矛盾をする。

ここで、思い出していたのは、とりとんとの過去の会話である。

・ツモッてきた牌での加カンは、したほうがよい場合がある。

・形を大事にしたほうがよい。

こんなことを話した気がする。

なによりもノータイムのカン、ということは、

その心構えができている、ということである。

まよっている自分と、まよいのないとりとん。

まよっていることそのことが、押してはいけない理由となる。

そして何よりも、この⑨を振り込んで失うものは点棒だけではなく

「私の麻雀における信頼」だ、ということ。

こんな⑨でささったら、誰も同卓してくれなくなる。

でも疲労もあって、ちょっと危なかったことも事実。

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3倍満とよばれる和了 [TSUKASA会]

 けっこうくたびれ果てていたけれど、

僥倖の配牌を色寄せしたなら、早い巡目に

ドラアンコウの18000点を発で和了することができ、

東3局なのに、点棒は6万点を越えていた。

そして、時は流れて、親番は落ちるも点棒はなくならない。

南家の私に、以下のシャンテン

一二三四五六七23456⑨

場に⑦がモーレツに飛んでいるのでぼんやり手の内に残っている

⑨は安全ちっくな牌。

トイメンのとりりんが、モーレツにピンズの混一色。

北を鳴いて、ドラの白も鳴いている。

⑨はとおりそうだよなー。

⑦いっぱい出てるし。

そして、とりりんが北を加カン。

「ん?値段は十分なかたちのはずなのに

加カンするということは、よほど和了しやすい形なのかな?」

とおもっていると、新ドラが⑨。

一ワンをひいて

一一二三四五六七23456⑨

絶好のテンパイ。

こ、これは・・・・。

でも⑨でささったなら、12000点は覚悟しなきゃならない。

そこまでやらなきゃならない状況ではない。

おりていれば、自分は子供なのだから、3000点のはらいですむし・・

そもそも、このタイミングで⑨が新ドラとなり

場に打ちにくくなった地点で、いくべきではない。

一二三四五六七23456⑨

一ワンをはずして、⑨を引いたときのみ

押し返そう、とおもっていたなら、②を引かされ、撤退。

その数巡後。

「ずもーーーー!」

シミケンなみの発声とともに、間伐入れず、

「6000,12000」の声。

聞きなれない点数の申告。

④④⑧⑧⑧⑨⑨  ポン白白白 カン北北北北

ドラが白と⑨で、トリプル。

「あぶねっぺー」

親番だった、のりしおくんが、ぐったりとうなだれる。

すわっているだけで、親番というだけで、12000点もの支出。

もし、私が⑨を切っていたなら、

48000点の点差が縮んでいたのか?

と考えると、やっぱり麻雀はおそろしい。

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