So-net無料ブログ作成
検索選択

守備からの応手 [TSUKASA会]

 考えなければならないことは、いつも相手のことだ。

その結果、残念なことになったとしても、

相手のことを考えずに生きるよりはいい。

なのに、瞬間、人は見失い溺れる。

下家に仕掛けられても良聴牌が入るまで甘い牌は切るものだはない。

3巡目

中を仕掛けて以下の形。

ドラは⑥

⑦⑦⑧⑧⑨⑨13西西 ポン中中中

ここに西が打たれた。当然のポンだ。

なんにも考えずに3ソウを切った。

チャンタだ、やっほー!

チャンタを維持したまま、混一色にワタレルヨー!

完全に目の前のことしか見えなくなっていた。

チー!

音速で下家のM田くんが

3ソウをカン3ソウで仕掛ける。

チー324

「あ、しまった。」

⑦⑦⑧⑧⑨⑨13西西 ポン中中中

1ソウが先だ。1ソウを切っておいて

11600点の手組みに組み変わってから打3ソウだった。

その次にツモってきた二ワンを仕掛けられて

わたしの親番は瞬間で捌かれ

そんまま私がトップになることはなかった。

考えなければならないことは、

常に相手が何をどうしようとしているか?だ。

まず、相手の動きを把握して、その上で攻撃に転じる。

相手を和了させない守備の布陣をしっかりと引いて

そのうえで「最大出力の攻撃」を重ねる。

⑦⑦⑧⑧⑨⑨13西西 ポン中中中

ここから、ポンをして1ソウを切っておいて

ドラの⑥や字牌を引いて11600を組み

そののち3ソウを切る。

これが、私の正着打だ。

やってしまいました。

66677777.jpg

436057077_3.jpg

パラロス本家↓

http://wing6877.blog.so-net.ne.jp

つかさ会。どようび。

ランキングに参加。クリック!クリック!

<→
麻雀 ブログランキングへ
にほんブログ村 その他趣味ブログへ


テンパイワタリの理由 [TSUKASA会]

 局面は、南の3局

私は、31000点の点棒を持っている親番で、

下家のM田くんは、35000点くらいだったと記憶している。

おそらく、

東家  わたくし 31000点くらい

南家  M田くん 35000点くらい

西家  シミケン 20000点くらい

北家  にこさん 32000点くらい

こんな感じの南3局 ドラはなんだっけ?

最近は、ドラすらしっかり覚えていないから、しょんぼりしてしまう。

30000点以上が加点評価となる「つかさ会」のルール。

この局は、勝負どころだ。

配牌を取る際に考えていたことは

①持点が34000点を超える和了。

 すなわち3000点以上の加点(一人テンパイ)を目指すこと。

②終局時に30000点をキープできるように

 大きな振込みを避けること。

優先順位はこの順番。

そして、他家の打牌の傾向も予測。

南家  M田くん 35000点くらい

→次局親番であること。35000点の点棒を持ったまま

親番を迎えたい、考えているだろうから、次局は全力で捌きに来るだろう。

親番が残っていることが選択肢を増やしている。

西家  シミケン 20000点くらい

→終局時での30000点キープをするために

この南3局では2600点以上の手組みを考えてくるはずだ。

北家  にこさん 32000点くらい

下家である親番の自分に甘い牌を切らないように

なおかつオーラス満貫クラスをツモ和了されても

30000点をキープできるように

32000点持ちで、この南3局を駆け抜けたいはずだ。

つまるところ

一番仕掛けてくる可能性があるのは、

親番が残っていてなおかつトップ目である下家だ、ということ。

配牌をとるまでは、間違いなくそう思っていた。

3巡目

中を仕掛けて以下の形。

ドラは⑥

⑦⑦⑧⑧⑨⑨13西西 ポン中中中

ここに西が打たれた。当然のポンだ。

9999.png

パラロス本家↓

http://wing6877.blog.so-net.ne.jp

つかさ会。どようび。

ランキングに参加。クリック!クリック!

<→
麻雀 ブログランキングへ
にほんブログ村 その他趣味ブログへ


賭けマージャン [麻雀黙示録]

 「最近、フリーばかりだから、麻雀がブレまくっている。」

ますたぴょんが、寂しそうにつぶやく。

そばにいる時間が長かったこともあり、

その言葉を深く、重く受け止める。

勝てばいい麻雀で、刀が錆付いている、といったところだろうか?

ますたぴょんは少々のことでは負けない。

ノーレートであれば、なおのことだ。

お金の影響のないところでこそ、

一切の妥協がない、というますたぴょんの麻雀は大好きだ。

賭ければ、お金で済む。

そのお金の影響のないところの麻雀を打ちたい。

けれど、

賭け麻雀ばかりやっていると、勝つための努力が主となり、

勝てば、その先がなくなることが多い。

一昔前の私なんかは、勝てばいい、の典型だ。

「賭けようが賭けまいが同じ麻雀じゃろうが?」

ひろりん師匠は私にそう仰る。

「同じように打てないなら、常に1000点500円のレートのつもりで打ちなさい。」

ひろりん師匠は重ねてそう仰る。

「どうして同じように打てないのか?」

理由は簡単。

お金が大好きだからだ。

正確にいうと、負けて金を払うことが大嫌いなのだ。

もう、賭け麻雀を止めてずいぶんの時間が流れるけれど

その最大の理由は、

「麻雀を大切にしたい」という祈りのような思い。

大切にできていないクソみたいな自分を知っているから、

だから、

「お金によって、自分の大事にしているものが壊れることが我慢できない」のだ。

そういう考えが浮かぶことが、お金の支配下にあるなによりの証なのだけれど。

賭ければ、あのときのどす黒さが首をもたげ、

麻雀の基本的な部分は変わらないだろうけれど、

ノーレートで打っているよりは、感覚的な麻雀になることは、容易に予想がつく。

大会で、商品が素晴しいかったりすると、そういう感覚が首をもたげる。

このリーチはマンズ以外全て押す、とか、そういう麻雀になる。

私の最近のここ数年の麻雀は、

経験上、打てる牌ではあるけれど、説明はつかない牌、

そういう牌を打たないで我慢をする。

打てる理由が見つからない牌は打たない。

自分は自分の目的とする麻雀と繋がっていたいから、

この自分の麻雀を絶対に変えたくない。

もし、違う牌を打ったのであれば、

私はノーレート麻雀をやめて、あちら側に吸い込まれてしまう。

というか、ここまでの努力が全て意味を失う、

すなわち、どうでもよくなってしまうだろう、と思う。

「全ての打牌に意味を持たせて、麻雀を大切に」

それを望むのは、きっと自分の麻雀がそうではないからだ。

そのために、万が一の牌を切らずに

「全ての打牌に意味を持たせて、麻雀を大切に、同卓者を大切に」

そうすれば、麻雀に大切にされ、同卓者に大切にされると。

そういう麻雀を重ねて、それでも、悪くはない成績を残せるようになった。

それは、純粋に賭けることなく麻雀を覚えようとしている、新しい世代に魅力を感じたからだ。

彼らは、賭かっていないのに、麻雀としっかりと向かい合っている。

そういう麻雀に対する姿勢は尊く美しいとさえ思う。

そして、結果ではなく自身の麻雀をしっかり慮り、深化してくださると、

私は、それを本気で信じている。

迷うことがあり、見えなくなることがあっても、

彼らの麻雀に対する姿勢は、間違いなく本物だと全く疑わないからだ。

彼等に較べれば

私は、ノーレートの麻雀と向かい合っているふりをしているまがい物だ。

私がつかさ会を大切におもう理由のほとんどは、

「彼らの麻雀に対する姿勢」だ。

麻雀は彼らのような「純粋な麻雀への造詣」の意思を持って紡ぐものであり、

賭けたら、どうだ、こうだ、なんて、きっともう論外なのだ、と思う。

私は、結局のところ

賭け麻雀から自分の麻雀を守りたくて、必死に一打の理由を考えている。

ノーレートであることに逃げている。

「押せるから、押せよ。」

そんなささやきが聞こえない日はない。

その都度、

「そんな理由で牌を切って、勝っても意味がない。」

と、自分を諌める。

大会なんかに出ると、脳内は負の思考しかない。

「ならば、大会なんか、でなければよかったじゃないか?」

「でも、にんじんぶらさげられても、いつもと同じ麻雀を打てるかどうか確認したい。」

「これを、切れば勝つことはできるのに。」

「こんなことを考えている地点で、自分には麻雀をどうこういう資格はないな。」

「はやく帰りたい。」

「でも、出る以上は、最善を尽くさねば。」

「最善って?勝つこと?」

たくさんの想念が悪夢のように脳裏をよぎる。

私にしてみれば、ほぼ地獄の苦しみだ。

これは、賭け麻雀を日常とできるだけの力が私になかったから。

ますたぴょんは、大会でも同じ麻雀を打つ。

ひろりん師匠も、いつも同じだ。

私もいずれそうなるのだろうと思っていたけれど、そんな器ではなかった。

それに憧れている私なのに。

私は、賭かった瞬間に、麻雀での我慢がなくなる。

きっと、この我慢をしてきたと思う、10数年が失われる。

賭け麻雀なんて、やらなければよかった、などと、ブザマに

過去の息巻いてた時代を悔やむ日まである。

麻雀の本当を知るものは、きっと、

どんなときでも、心を揺らすことはない。

条件によって、スタイルを変えることはあっても、心は変わらない。

揺れない心。

それは、「麻雀の本当」に一番近いところに有ると思う。

何度も間違って、嫌になって、それでも

もしかしたなら自分も辿り着けるのではないか?と思うこともあるし、

次世代の彼らには、そこに辿り着いて欲しいと思う。

もしかしたなら、「他人を大切に」なんて、戯言なのかも知れない。

けれど、現在はまだ、それを信じていたいのだ。

tdom-02.jpg

パラロス本家↓

http://wing6877.blog.so-net.ne.jp

つかさ会。どようび。

ランキングに参加。クリック!クリック!

<→
麻雀 ブログランキングへ
にほんブログ村 その他趣味ブログへ


リーチ判断 [TSUKASA会]

 まだ、平成のはじまりの時代は

早い和了は、「いじきたない」と思われる風潮もあった。

二三三七八④④④⑦⑧発発中

ドラ1ソウ

こういう形であれば、いずれにせよ発に頼るしかなくなるわけだし、

発を払ったとしても、二三や七八

のようなターツが、タンヤオを困難にする。

 そんな時代にありながら、発を迷わず仕掛ける私は

セットではたいそう嫌われていたし、

フリーでも、仲が良くなると

モーレツに批判を受けた。

「自分が和了をすれば、他の人は和了できない。」

「自分で自分の高得点を潰しているわけではないので、気にしない。」

「自分の手が安いなら他の人の手は高い可能性がある」

など、自分なりに理由はあったけれど、

そういうことを反論したことは1度もない。

理由は、それはわたしの考えたどり着いた戦術だから、

それを何故他家と共有する必要があるのかが、わからなかったから。

自分が和了しなければ、和了される。

1巡でも油断をすれば、食い殺されるのは、こちらだ。

私は、本当にそのようにおもっていた。

テンパイをして、ダマで受けている間、

例えば、

七八②③④④⑤⑤⑥⑥⑦44

ドラ九ワン

西家

こんなテンパイをダマで様子をみる。

もしくは、④⑦引きのいーぺーこー変化を見る。

この場合問題になるのは、

では、六九が打たれたときに、悔いはないか?ということ。

3000.6000が最大見込める手組みを

2000点で和了することを、どう消化しているのか?ということ。

だ、と思う。

ツモ和了が困難で、ロン和了に期待するしかない状況なら、ダマだろう。

けれど、ツモ和了が困難で、ロンならいけそう、なんて

なんか、おかしくないだろうか?

私は、ダマにするときは、

その値段が場の状況に符合していてなおかつ

ダマであることで、和了の確率が跳ね上がる場合だ。

ようするに「リーチの必要が全くない」と確信できるとき。

五六六七七⑤⑥⑦56788

ドラ8ソウ。

こんな聴牌で、チャンタ仕掛けと、ソーズの混一色仕掛けがいる。

とか、だったならリーチを打つことはおかしい。

いつだったか、のっぽさん(仮)が

12000点で制圧できる親番で、

四五六④④⑤⑤⑥45677

ドラ五ワン

これをリーチ!されていたけれど、

他家が③と⑥をツモ切っているのに、

そのリーチはチャンスを捨てるようなものだ、と。

にゃーたん.jpg

パラロス本家↓

http://wing6877.blog.so-net.ne.jp

つかさ会。どようび。

ランキングに参加。クリック!クリック!

<→
麻雀 ブログランキングへ
にほんブログ村 その他趣味ブログへ


即リーチの判断 [TSUKASA会]

 テンパイ即リーチ、について、質問をいただく。

私は、即リーチを打てないテンパイは組まないようにしている。

一度でもテンパイを入れるのであれば、

それは「和了して悔いなし」との場の状況判断が必須となる。に

テンパイわたりは、ワタっている途中も和了がうれしいことが大事

ただ、注意をすることは、

リーチを打つ事によって、私のリーチに振り込まないために

「他家が私の河の牌を切ることで、他家に和了」をされないだろうか?ということ。

 例えば、私のリーチの河に七ワンがあって

上家が、四七ワン待ち。

私のリーチに振らないように、下家が手の内アンコウの七ワンに手をかけた。

その結果、本来「リーチを打たなければ発生しなかった和了」が生まれる。

こういうことをとにかく私は恐れる。

リーチを打てば、「そのリーチに振り込まないようにする人」が生まれて

その人は、リーチ者の現物を切り出してくる可能性が高いということ。

このことも踏まえて、リーチを打てば、何が起こるのか?

をリーチを打つ前にしっかりと、考えておくべきだ。

一二③12346789発発

①を待っていたところに、望外のドラ三ワンツモ。

点数が必要だ、ということと、親番だ、ということ。

この2つから、日頃なら即リーチである。

けれど、5ソウを引ける根拠がない。

もちろん、引けない根拠もないから、即リーチなのだけれど・・・

このままダマで万が一ツモ和了をしても、3900オール。

であれば、1ソウや6ソウ9ソウ。

もしくは、発を引いて、和了の可能性をあげてリーチを打ったほうが

いいんじゃないか?と。

また、1ソウや9ソウを引けばチャンタへのワタリも見える

一二三11234789発発

一二三11223789発発

一二三12367899発発

一二三12378899発発

まあ、これはやりすぎにしても、

もちろんカン5ソウがいない、という根拠もない。

一度そういう想念が浮かぶと試してみたくなる。

が、結局、そのまま5巡が何の変化もなく過ぎて、

そのままツモ切りリーチとなった。

意味もなく、他家に自由を与える数巡。

意味がない。

もし、発を利用した和了となるのであれば、

 一二③12346789発発

このシャンテン時に、

1ソウ4ソウ6ソウ9ソウ発を引いているんじゃないか?

チャンタ変化であれば、1ソウや9ソウをここで引くはずだ。

ダイレクトに、12000の手組みとなるドラ三ワンツモは

そのままリーチでよい。

ダマで和了しても、7700点の

一二三12346789発発

個の聴牌だけれど、これを最終形とするのであれば

一瞬足りともダマにするべきでhない。

ダマにしておくメリットがない。

それを、牌や理屈をこねくり回してダマにしてはいけない。

images1PN788DS.jpg

パラロス本家↓

http://wing6877.blog.so-net.ne.jp

つかさ会。どようび。

ランキングに参加。クリック!クリック!

<→
麻雀 ブログランキングへ
にほんブログ村 その他趣味ブログへ


ヲタ風からの仕掛け [九州麻雀ほうろうき]

 南3局

トイメンのF岡先生が

「ぽーん」

と、逡巡のない鳴きをぶちかます。

私が、F岡先生のことを好きな一番の理由は

「何よりも、麻雀を愛している」ということ。

常に、ひとつでも着順をあげること、を目指して打牌を紡ぐ。

そのF岡先生が、ヲタ風を2つ仕掛けた。

東と北。

どちらも役牌ではない。

捨て牌も濃い。

私の手元に南がいらっしゃる。

こんにちわ。わたし南、

おいそれと切れないでしょ?

そう語りかけられている。

ストップ牌だ。

切りたい。

F岡先生の河に捨ててある⑥を見て

その上家が、⑨を切る。

チー

まじっすか?

⑨⑦⑧のフリテンチーだ。

・・・・・・・・・・・・・

これは、どうだろうか?

スーシー役なら、チャンタとかいらないだろう?

けれど、そう思わせることで、南や西を打たせようとしている可能性もある。

現在は、ほぼノーテン。

親番の私は、一二三四四③④⑤⑥⑦789南

とか、試されているテンパイ。

南を切るか?

けれど、⑥⑦⑧から、⑥を切って

フリテンターツを仕掛けることで、

スーシー役がないように思わせるくらいのことは

F岡先生なら、やりかねない。

打てるのか?南。

切ったとして、スーシー役だったとして、

「フリテンターツを仕掛けたから、ないと思いました。」

なんて打牌理由が通るわけがない。

そういう理由で、南を私が切ったのであれば

F岡先生は悲しい気持ちになるに決まっているし、

もう、わたしと麻雀を打ってくれない!まである。

打つわけないです。

そういう人読み以前の場の状況の問題。

台風きてるのに、海に泳ぎにいくようなもの。

おもいあがってんじゃねーぞ!という・・・

こういう牌を抑えてきたから現在の世界がある。

その局が終わって

「先生何をやっとるんですか?」

と微笑み混じりに尋ねると

F岡先生は、にこっと照れくさそうに笑う。

3dd7398e-s.jpg

パラロス本家↓

http://wing6877.blog.so-net.ne.jp

つかさ会。どようび。

ランキングに参加。クリック!クリック!

<→
麻雀 ブログランキングへ
にほんブログ村 その他趣味ブログへ


③たんき [九州麻雀ほうろうき]

 その最後の半荘15000点持ち西家

の南3局に

五六七⑤⑥⑦223789 南南

南が枯れた瞬間 に⑦を引いたので、

2ソウをぶんまげしたなら、1ソウをツモ。

その前局にも、F岡先生が、⑥切ってのマタギの⑧を

一発でツモ和了されていたので、その模倣である。

親番との点数の差は、13000点くらいのオーラス。

この手格好。

⑥⑨はフリテン。 

二三四③④⑥⑦⑨789 暗槓ハハハハ。

場には、④が2枚②⑤が6枚。

私の手のうちとあわせて、④は3枚。

打④で、 

 二三四③⑥⑦⑨789 暗槓ハハハハ。

③⑥⑨引きのイーシャンテン。 

雀頭単騎ごろごろで、

「降らなければトップ」

という作戦を決行しているトップ目を撃墜することが

私の使命。

まあ、ドラを絡めて和了をすれば、2着まで見える状況。

ドラを絡めなくても、3着キープでも、和了をするけれど・・ 

運良く、トップ目直撃が叶えば、 ・・・というだけの状況だ、ということ。

わたしの④にあわせるように、

ほんのちょっと、「しかたないなあ」という様子で

わたしの下家は、手の内から④を切る。

これ、間違いなく③持ってる。

そして、おそらく、ベタオリでもなく、

ぼんやり「りゃんしゃんてん 」くらいではないだろうか?

すなわち、ぼんやり通りやすそうとおもえる牌を 

④は場に4枚。②⑤は6枚。

ピンズの下は釣り堀だ。 

③はツモ和了できそう。 

二三四③⑥⑦⑧⑨789 暗槓ハハハハ。

⑥を切って リーチ

二三四③⑦⑧⑨789 暗槓ハハハハ。

③がささるとしたなら、①②のペン③。 

もしくは③単騎。

⑥切り⇒④切りのリーチであればともかく

④切り⇒⑥切りであれば、③はもしかしたなら、

安牌が切れたのであれば、出てくるかも知れない。

一発で③が出てきた。

わーい!

けれど場はドン引き。

「④が四枚見えているから・・」

との声の中、

「ああ、この麻雀はよくなかったかな」

とほんのちょっとおもったけれど、

場の状況から考える自分の精一杯だから、悔いはない。 

⑥⑨のフリテンリーチのほうがよっぽど

おもいあがっていて、自己満足だ。

⑥⑨がフリテンでなくても、⑥切り③単騎にするし・・ 

しかも、③はひとつ前の半荘の和了牌だし・・・

でも、そんなことを口にしようものなら、

ぶっころされそうだったので、 

そこは、口を閉ざした。

14s.jpg

パラロス本家↓安保についてとか・・

http://wing6877.blog.so-net.ne.jp

つかさ会。どようび。

ランキングに参加。クリック!クリック!

<→
麻雀 ブログランキングへ
にほんブログ村 その他趣味ブログへ


桜井章一さんと小林剛さんとの麻雀のおはなし。 [九州麻雀ほうろうき]

コンビニに立ち寄ったなら、近代麻雀が目に付いた。

桜井章一会長と小林剛さんが、おはなしをしている、とのこと。

読ませていただいて、「なるほどおっしゃる通りですね、」と思い

ひさかたぶりに、近代麻雀を購入。

歯切れのよい記事だった、と感じた。

麻雀は、流行モノなのだ、と思う。

どちらが正しいなんてことはなくって

一昔前までは、食い仕掛けの1000点なんて

「貧乏麻雀」と罵られていたわけだし、

「流れ」論が、麻雀界の全てだった時代だってあるわけだから。

過去の最強位戦では、雀鬼会が席巻していた年もあるわけだし。

「流れ」とか「ツキ」とか、そういう目に見えないものを大事にする麻雀と

目に見えないものを運用しない麻雀。

そして、それぞれに実績と結果が出ているから説得力がある。

どちらも、信じるところの問題であり、

それをしっかりと実践できていらっしゃることが、素晴らしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

目に見えている情報は最大限に活用する。

理屈に裏打ちされたあるべき打牌の姿がある。

これを志すことは、必須。

これは、牌を握る上での最低限の責任。

そして、叶うならば、ツキや流れという

目に見えないものを、目に見えないからこそ大切にしたい、と思う。

どうしていることが、大切にできていて

どうすることが、大切にできていないのか、

そこのところはとても蒙昧で途方もなく困難だ。

また、目に見えないものを大切にしたいと思うあまり、

「目に見えている情報は最大限に活用する

理屈に裏打ちされたあるべき打牌の姿」

をおろそかにしてしまうことも多い。

大きな運や流れというものに翻弄をされながらも、

正しいと思うものを積み重ねようとする

そういう迷いの姿、そのものが人間なのではないか?

と思うのだ。

ツキや流れを語るほどに、私は麻雀を知らない。

けれど、それが、存在するだろうことはわかっている。

20140822201754180.png

パラロス本家↓安保についてとか・・

http://wing6877.blog.so-net.ne.jp

つかさ会。どようび。

ランキングに参加。クリック!クリック!

<→
麻雀 ブログランキングへ
にほんブログ村 その他趣味ブログへ


舐めプの一打 [九州麻雀ほうろうき]

 そこは、よく麻雀を学んでいた場所。

懐かしい気持ちが大きくて、

なんとなく、粛粛とした気持ちではなく

ただ、うれしく感じていたのだと思う。

事前の連絡もなく足を運んだ自分のために

同卓をしてくださるF岡先生との麻雀がうれしい。

懐かしいこの場所でF岡先生と打てることがうれしい。

そのあと、S藤くんとも20年ぶりに同卓できて

本当にたのしい時間だった。

東1局、2本場

よく見ていなかった。

けれど、5巡目の4ソウは、

手出しじゃなかったかな?

結局、南家のF岡先生から、リーチがかかる。

チンイツチックだった私はその数巡あと、以下の形

1122355667899

4ソウは場に3枚。

5ソウ6ソウは仕掛ける予定。

5ソウが打たれる。

1122355667899

ぽーん!

11223667899  ポン555

ここで逡巡。

369ソウは、安全ではないスジ。

36ソウはまあ、可能性としてはありそう。

でも、ソーズより他の色のほうがありそうなんだよね・・。

4ソウが場に3枚。5ソウも3枚。1ソウは自分の手の内をあわせると4枚。

9ソウに手を掛けようといて、

「スジを追って3ソウをひろえるんじゃない?」

「なんとか、強気に出て選択肢を持ったほうがよいんじゃない?」

との思考が脳裏をよぎる。そのまま、打牌を6ソウへスイッチ

何を血迷ったか6ソウを切る。

二ワンを雀頭とする8000点にぶちささった。

これ、やっちまったなー。

チンイツやってて、その色で振り込むなんて・・・

4ソウの手出しツモ切りを見ていないことと合わせて

6ソウ9ソウで切るのであれば、1ソウが4枚見えているのだから、

9ソウを切るべきだ。

ふだんなら、そうできている。

F岡先生にちょっと、いいとこ見せたかったことと、

いつもより、すこし攻撃よりではないと、

と、焦る気持ちがなかった、とは言えない。

ドラに不自由をと思い仕掛けた親番でドラの中単騎をツモリ負けたり、

当然F岡先生にそのまま押し切られて、そのオーラス

F岡先生は、家が買えるくらいの点棒を持っているオーラス。

ドラポンの仕掛けが入ったので、

これならどうみても、最大3900点だよーと思える

おなさけの、③③④④のシャボ待ちのトイトイ

に③を振り込んでいただき、その最初の半荘は終了をした。

「も、もうひと半荘お願いします・・・」

私は、泣きのもうひと半荘をお願い申し上げる。

images1PN788DS.jpg

パラロス本家↓安保改正ちょっとマジ

http://wing6877.blog.so-net.ne.jp

つかさ会。どようび。

ランキングに参加。クリック!クリック!

<→
麻雀 ブログランキングへ
にほんブログ村 その他趣味ブログへ


四暗刻への道 [TSUKASA会]

 南一局親番。

 八八①①①②②③③555東東

FJKが逡巡をしている。

どうやら、

八八①①①②②③555東東

このすーあんこーのシャンテンに

たいしてうれしくはない③を引いてしまったようだ。

すこし悩んで、①手出しのリーチ。

八ワンを引き和了をする。

八八①①②②③③555東東

ツモ八

2600オール

悪くない。

八八①①①②②③555東東

もしこのシャンテンのときに、②や東を引くことができたのであれば、

八八①①①②②②555東東

八八①①①②②555東東東

ハワンツモで、16000オールだった。

牌のいたずらで、値段も劇的に変わる。

スーアンコーが見える手組みであっても、

素直なツモには従うべきだ。

ひとつ牌がちがえば、

なんてところに麻雀の神秘的なものを感じる。

hgima.jpg

ばさねえ.jpg

パラロス本家↓

http://wing6877.blog.so-net.ne.jp

つかさ会。どようび。

ランキングに参加。クリック!クリック!

<→
麻雀 ブログランキングへ
にほんブログ村 その他趣味ブログへ