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ドラを切るとき

親番とりとんの河には、ソーズの下とピンズの下の牌が

たくさん切られている。

ということは、上のほうで何かたくらんでいる可能性が高い。

上のほう・・789とか、678とか?

いずれにしても、何か手役を軸にしたいとおもう理由が

そのとりとんの手牌の中にある可能性が高い。

もちろん、チートイの可能性も拭いきれない。

なんだろ?ドラ持っているのかな?

南家の手牌も西家の手牌も遅そうだ。

みんな、ドラの見えないこの状況を打破するには

まだ届かない手牌の形、といった感じがする。

もちろん勝手な思い込みである可能性も高いのだけれど。

一六ハ八九北北白白白発中中東

もう一枚、牌が動いたなら、決断しよう。

発は他家が持っていて、仕掛けてドラ単騎の選択肢を

決断させてしまう可能性があるから、あまり切りたくない。

下家親番とりとんが、上の三色の可能性がある以上、

九とか上の数は切らないほうが良い。

もし、上の数を切って、下家に仕掛けられたのであれば、

もう、東のドラは未来永劫切り出すことは叶わない牌となる。

もちろん、一ワンを仕掛けられた場合も同様。

とにかく、現地点でとりとんをリャンシャンテン以下とみるからこそ

打てる「測る牌」としての一ワンだ。

打一ワン

まったく、何の音もしない。静かなものだ。

で、次巡ツモ六ワン

六六ハ八九北北白白白発中中東

決断の時だ。

私は、こういうとき、攻撃を戦略の主と置く場合には、

ドラの東とか、初牌の発など、

「圧倒的に和了することが困難な牌」は待ちにしない。

もちろん、ツモッテくる可能性は均等にあるわけだけれど

そういう和了しにくいであろう牌で受けるという選択肢を

好んで選択することが、やはり場にあっていない、と思うのだ。

和了しにくい牌を待ちとするときは、やはり、そうせざるを得ないときで、

そう、例えば圧倒的に「間に合っていない」時だ。

東を切って動きがあれば、私は、白を切って

メンホンチートイで応戦する。

間に合わなかったので「受ける」選択肢。

動きがなければ、完全に攻撃シフトだ。

もちろん、南家西家、全て生き返る。

のぞむところだ。ほんの少し時期尚早な気はするけれど

私の手牌は、応戦できる形になっている。

東を切る。声はかからない。

次巡、中を仕掛ける。打発

六六八八九北北白白白   ポン中中中

ここで、親番が、打ドラの東。

ここで、テンパイすれば、わたしの勝ちだ。

六ワンツモ。

六六六八八北北白白白   ポン中中中

これはいける。

そうおもった巡目に、親番とりとんがリーチ。

西家が、とびこんだ。

とりとんはチートイツ。

これはいける、と思ったことは

おおいなる勘違いだった。

私の勝ちだ、とか、ちょーはずいわ。

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北家だけれど

実は、場の状況そのものを、そんなに覚えてはいない。

とりとんに決断を与えない、そういう手組を目指したい。

けれど、この希望と絶望しかない配牌だからこそ、

道筋をつけやすい、と感じていたことは事実。東3局

親番が落ちたばかりの北家で、北がトイツの素敵な配牌。

一六ハ九56南西北北白発中中

この手牌、一番うれしくないのは、56のターツが埋まってしまうこと」だ。

いや、56のターツが埋まることは多分

シャンテン数的にはよいのだろうけれど、

今回のこの場の状況的にはよろしくない。

456もしくは、567のメンツを抱えて、北や中を仕掛けて

ちたばかりの北家で、北がトイツの素敵な配牌。

六六六ハ九456北北 ポン中中中

こんな感じの1000点で、ドラも持たずに

親の上家で徒手空拳頑張るよりも、

ドラを持っている可能性を他家に思わせて

なおかつ、ドラ以外の和了しやすい牌を重ねて

十分に場を支配したうえで、仕掛けるほうが

戦略的には優れているはずだ。

親のとりとんの一打目は、2ソウ。

であれば、ホンイツの可能性は低い。

ここから北家として一番ふさわしい打牌は

(わたしは)5ソウだと思う。

6ソウより5ソウを切ったほうが、他家に

チャンタをおもわせることができて効果的。

こういうほんのちょっとの努力は絶対に怠りたくはない。

一六ハ九6南西北北白発中中

マンズと字牌なら何を引いてもオケイ!

次巡ツモが、白。

一六ハ九南西北北白白発中中

打6ソウ。

こうなれば、あとは牌に訊ねるだけである。

次巡ツモ八ワン

ツモがはねている。活きがいい。

国士は見ない。場に打ち出して一番影響の少ない牌。

打南

一六ハ八九西北北白白発中中

次巡 ④をツモ切り。

次巡 8ソウをツモ切り。

ツモ白 打西

一六ハ八九北北白白白発中中

そして、ツモ東。

とうとうツモッてしまったドラの東。

一六ハ八九北北白白白発中中東

ここで東を離すのは、ちょっと早い。

ちょっと、場の状況を見てみよう。

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とりとんの上家にて

東3局

親番が落ちたばかりの北家で、北がトイツの素敵な配牌。

一六ハ九56南西北北白発中

北家の場合には、まあその表向きにはその役割として

「親番である東家とりとんの監視」→これ。

もちろん、親番がとりとんでない場合でも、北家は

親のコントロールが主たる役割となる。

けれど、だからといって、その「親番の監視者としての北家の仕事」

にばかり意識を取られすぎると、

「どうせ、北家、和了はないわー」と

対局者に自由にのびのび打たれてしまう恐れがあるので、

たまには、北家も和了をめざしてかまわない、と思うのだ。

麻雀の基本戦略は、「相手の思考の風下に立たないこと」なのだから。

それで、点棒状況の平たい親番が落ちた直後の北家で

北がトイツの以下の配牌。ドラは東。

一六ハ九56南西北北白発中

北家で、北がふたつあるけれど、ドラの東はない。

ということは、ドラの東は自分の手組以外のどこかにある、ということだ。

こういうときは、第一ツモで決める。

第一ツモが、東だったとしたなら、この状況で

「誰もが、必要としている可能性が高くて、それゆえ

待ち牌とすると和了できる可能性が著しく下がる・・ドラの東を

もしも、ひっぱってくることができたのであれば、

チャンタ軸方面、チートイにらみのどきどき国士へ向かう。

だが、ツモッテきた牌は中。

この中から判断できることに素直にしたがう。

一六ハ九56南西北北白発中中

この手牌、一番うれしくないのは、「56のターツが埋まってしまうこと」だ。

せっかくときめく中ツモなのに、

ハ九456南西北北白発中中

こんな風になってしまったとして、456のソーズメンツは

ホンイツとしか複合できないし、3や7の尖牌を持たない

ターツ構成となっている以上、ここがヨコに伸びるとは考え難い。

もちろん、ヨコに伸びない可能性が低いだけで、ヨコに伸びる可能性だって十分にある。

一六ハ九56南西北北白発中中

けれど、こんな尖牌が一枚もない状態で、

牌がヨコにのびた自分の中の麻雀の歴史を私は知らない。

そんな経験をしたことがとんとないのだ。

もちろん麻雀は、ツモが全て。

ツモが加速さえすれば、どんな夢物語も現実となる。

けれど、加速するとしても、これはタテだろう。間違いなく。

一六ハ九56南西北北白発中中

ここから、56のターツを払えば、

マンズの全てと一九牌の全てが有効牌となる。

自分の手牌都合はまずこんなもの。

それより先に考えなければならないことは

他家、主に親番の手組がどうか、ということ。

そして、その親番の手組について、他家がどのように対処するのか?

対処する予定があるのか?を考える。

また、ドラが東である以上、下家である親番とりとんが

その東についてどのような作戦を立てているのか、

想像することも大切である。

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ツキによる押し引きの判断。

 先日、記事にさせていただいた「さかばさんさくせん」

http://wing4141.blog.so-net.ne.jp/2016-01-17

の記事なんかが、流れに乗るよい例だ。

相手の和了牌となる牌をしっかりとガードして和了にむかって

局面を制した和了となった局。

それを、ツキと感じるか、どうかは本人次第だけれど

わたしは、こういう

はじめの一歩でいうところの宮田一郎ばりの

カウンターをかますことのできる相手とは、

まっこう勝負はおことわりだ。

さて、ハナシがそれたけれど

私がおすすめする作品は、

理想雀士ドトッパー

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素晴らしい作品であるにも関わらずなせか、2巻で終わりとなっている。
アマゾンさんでも、お金さえ払えば手に入れることができるので
是非、みなさんカートにいれていただきたいのだが、
なんというか、この作品、すごく解りやすいのだ。
ツキの考え方がすごく納得できてスマート。
まず読んでみていただければ、と思う。
ちなみに、私が生まれてはじめて読んだ麻雀漫画は
「勝手にジャンキィロード」。
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きまぐれオレンジロードのぱくりじゃね?
と勘違いしてしまうようなタイトルであり
なおかつ、鮎川まどか嬢のポジションのヒロインもいる、という。
④⑤⑤⑥
こういう牌の形を、④⑤と⑤⑥に分けるとよい
この考え方はこの漫画から学んだ。
そして、次が能条先生の「哭きの竜」
アニメ化までされていて、なんというか、
三暗刻を三槓子にしたり、かっちょよかった。
一番好きなのは、フランケンのたけちゃんかな。
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ツキを考える。

目に見えない。

ツキ、とか、目に見えない。

目に見えないツキというものを

「存在している」と思うことも「存在はしていない」

と思うことも、どちらも、その人の脳内での「認識」如何による。

だから、もちろん「ツキなど存在しない」という考えも正しいし、

「ツキは存在する」という考えも正しい。

ただ、注意をする必要があるのは

ツキのせいにして、努力を怠ることだ。

これは、私の感覚的には、

ちいさいところでは、

「どうせ、また、朝起きたときに着替えるんだから、

寝間着に着替えずにそのまま寝るわ。」

とか

「どうせ、またあした会社にくるんだから、

もうこのまま帰らずに会社泊まったほうがいいわ。」

大きいところでは

「どうせ、死ぬんだ。めんどくさい。寝て過ごすわ」

とか、極端だけれど、そういう感覚に似ている。

ツキ、すなわち、運がいいとか悪いとかで片づけられては

たまったものではない、という、生きる営みの主張がまずその概念の根底にあるのだ。

けれど、ツキを感じることはある。

私が、フリー雀荘ばかり行っていた頃の

「麻雀におけるさくせん」、まあ必勝法は、

「ツキがない」、と感じたなら卓を割ること。これのみである。

「ああ、今日はこの人のツキには勝てないな」と

感じたのであれば、その人との勝負は避け、おうちに帰ることだ。

麻雀なんて「ツケばいい」そう信じて疑わなかった

フリーばっか行っていた時代に出会った作品がある。

この作品は、今でも私の中では「ツキを考えるうえで欠かせない」

と考えている大切なものだ。

ご存知のかたも多いと思いますが

次回、すこしオハナシさせていただきたい。

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愚形リーチは嫌われる?

その頃は麻雀との未来なんてもちろん
一ミリも考えてなどいない。
その時、その仲間と麻雀を打てる、
そのことに勝るしあわせはない。
寝ても覚めても麻雀だった。
誰が勝とうが、負けようが
みなどうでもよかった。
先制リーチに勝負牌を切るときの
ビリビリ感。
親からの追っかけリーチの絶望感。
テンパイの瞬間の気持ちよさ。
裏ドラをめくる時のドキドキ。
その麻雀のすべてに
仲間も皆きっと魅了されていた。
ただ、その中で私だけが
少し違う深い興味を持っていた、のだと思う。
それから、1週間ほど様子をみていて
気づくことがいくつかあった。
両面のリーチと愚形リーチは
それほど和了の頻度に大きな開きは
感じられなかった。
けれど、愚形リーチは
同卓者からよく思われない。
愚形リーチが例えば両面のリーチに
万が一勝ってしまうと
ほぼ
「なんだ、そのリーチは?」
とか、
「それで勝てるとは運がいいな」
とか、
そういった類の謗りを受ける。
すなわち、両面>愚形なのだ。
特に私の仲間のうちの麻雀では。
友人の一人に、テンパイが
驚くほど遅いやつがいた。
いつも、だいたい16巡目移行のテンパイ。
和了の抽選もほとんどしっかり
受けることができない。
本人は、何度も何度もよい形を
求めてテンパイを組み直す。
よい形のテンパイを目指して
和了することを目的としている。
このことには釈然としなかった。
彼は、仲間内では、「麻雀がうまい」という
位置づけだったし、その腰の重い麻雀は
とても好きだったけれど、
やはり、戦略的に瑕疵がある気がして、怖さはなかった。
わたしは、形がどうあれ
和了叶う形で和了抽選を受けることが
できたほうがよいと、単純にそう思うのだ。
たとえば、遅い巡目に三面待ちのテンパイをいれて
2巡和了抽選を受けるより
早い巡目に愚形でもリーチを打って、
例えば5巡目のリーチであれば、
ハイテイまでたくさんの抽選を受けることができる。
そのほうが戦術的に優れている気がするのだ。
両面への変化を待つくらいなら、
愚形テンパイであっても、そのまま曲げて和了抽選を
受けたほうが良いケースが多い。
けれど、仲間には嫌われる。
仲間に嫌われるから、優れていると考える戦術を使用しない
ということは、とても欺瞞を感じた。
で、あれば、
と、私は仲間内の麻雀を離れて
フリー雀荘に足を運ぶようになる。
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ぼうてんそくりーぜんつっぱ

「じゃあ、メンツつかまえるか」
友人は、そういうと、
海沿いのパチンコ店に向けてアクセルをふかす。
スマホなんて存在しない当時、
仲間を捕まえるには、直接パチンコ店か
雀荘を探したほうが早かった。
誰かがどこかで必ず打っている。
パチンコ店でつかまえる、
もしくは、雀荘であぶれているやつを
つかまえる。
メンツはいつもそうやって簡単にみつけることができた。
誰と打ちたいとか、誰と打ちたくないとか
そういうのはなかった。麻雀を打てるのであれば、
例えばそいつが無一文だったとしても、
そいつの負けも場代も誰かが持つ。
麻雀を打てること、が何よりもうれしいことだった。
海沿いのパチンコ店のパチスロコーナーで
アメリカーなマグナムを打っている友人と
羽台に向かい百円玉で玉を借りつつ台を叩いていた友人を確保。
必要なメンツであるふたりをつかまえて
そのまま雀荘に向かう。
睡眠をとらずの続投麻雀。
若かったこともあり、当時は
こういうことはザラだった。
お金は、パチンコ店がくれる。
大学の夏休みはまだ
一ヶ月近く残っている。すなわち
自由な時間は無限にある。
遊ぶことがあまりにも忙しくて
寝ていることがもったいなかった。
いつものように、ブー麻雀コーナーの
脇をすり抜けて、店の奥の卓へ。
私は、それまで仲間内でセオリーと
なりつつある「両面変化を待つ麻雀」をやめた。
テンパイを取れば、そのまま曲げる。
両面変化を待つ場合と、そうでない場合で
どれくらい和了できる確率が違うのか?
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両面そんなには、和了できないんじゃね? [麻雀回顧録]

 昔の事すぎて、記憶が前後している可能性はある。

ブー麻雀のお店に、学生がいる。

われわれは、その場所に自分たちがふさわしくない

ということをちゃんと自覚できていた。

ブー麻雀のレートはそんなに高くはないはずなのだけれど、

やはり店員のSさんからは、絶対にブーを打つな、

ときつく注意されていたこともあって

私たちは、変わらず店の隅の卓を根城にしていた。

そういう我々にとって、店員Sさんは

まさに麻雀の神様みたいなもので、

その教えには、みな大きくうなずくばかりである。

;;;;;;;;;;;;;

その日もまた朝までコースだった。

私は麻雀を打ちながらひたすら考えていた。

シャボより、両面のほうが和了しやすい。

そのことはちゃんと理屈でもわかっている。

だって枚数が違うんだもの。

けれど、それなら常に「両面が勝つ麻雀」となっていなければ

理屈として、なんだか変だ。

私が釈然としなかったのは、そのことだ。

両面がカンチャンや地獄待ちに負ける、なんてこと

しょっちゅう起こりうる。

むしろ、両面が強い、とは、到底思えない。

そういう理不尽さ、がきっと麻雀だ。

肝心なことは、待ち牌がたくさんあること、ではなく

牌山に先にいること。

ここまでは理解でき整理できた。

だから、少しでもたくさんの牌がたくさん寝ていてくれるように

たくさん待つことのできる両面待ちがエライのだよー、とそれは解る。

けれど、それが絶対でない、ということも知っている。

麻雀の和了牌は1枚あればいい。

であれば、1枚をどのように捕まえることができるか、

それを考えることのほうが、遥かに

戦術的に優れているような気がした。

そう、思い、そのまま、朝まで麻雀を打ち、

一度帰宅シャワーを浴び、そのままパチンコ店へ。

モーニングを取りに行く友人の車のなかで

「麻雀っちさ、いつも両面待ちが勝つわけじゃないやん?

それなのに、両面待ちエライっち、なんかおかしくねえか?」

そう、呟く。

運転席の理系大学生ではある友人は、

「おまえは、ばかやのう。麻雀は確率のゲームぞ。

かんちゃんが、両面に勝ったときの印象が強いだけじゃ。」

そう、言い放つと

そのままパチンコ屋の駐車場に車を滑り込ませた。

10時開店。1回しで7の図柄を揃えて、換金。

5300円ほどの約束された収入。

パチスロがあるかぎり、毎日このお金は入る。

麻雀、勝っても負けても、どうせ仲間に金がワタるだけだ。

レートも、よく負けても、いいところ20000円くらいだ。

負けてもいい。

試してみたいことがあった。

当時は、麻雀の戦術書なんて存在していなかった。

私は、友人に、

「今日は何時から打つんや?

おれ、麻雀打ちたい。少し寝て、また、すぐ打とうや。」

と声をかける。

携帯電話などまだない時代。

私は、自分の仮説を試してみたかった。

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雀荘にて [麻雀回顧録]

::::::::::::::::::::

私が学生の頃に通っていた地元のお店は

ブー麻雀のお店。

その奥に、貸卓があり、我々はそこを根城にしていた。

一時間200円。

ドリンク付き。

本来しなければならない勉強はそっちのけで

麻雀にただひたすら没頭している日々。

朝、パチスロでモーニングをとって、

お昼にはもう雀荘にいた。

大好きな仲間たちと、大好きな麻雀。

お金の心配もない。

寝る間を惜しんで、好きなことを好きなだけマンキツする。

未来はそのツモろうとしている牌のように

本当にキラキラしていた。

そこには、自分の望むモノしかない、そう思って

まったく、一ミリも疑っていなかった。

恐れるものなどなかった。

正確には、世界が狭量すぎて

「恐ろしいものを知らなかった」だけだ。

知らない、ということは、本当に恐ろしいことだ、と思う。

けれど、私はそんな時期に麻雀に出会った。

住み込みでメンバーをしているそのお店のSさんは、

我々を本当にかわいがってくれた。

毎日、パチスロで6000円近いマネーを必ず得ることができていたこと、

また景気がよい時代だったこともあり我々はみんなお金を持っていた。

ただ、貯めたりしないでひたすら浪費していた。

麻雀、酒、ゲーム、遠征。好き放題。

鉄火場の雰囲気の漂うブー麻雀のスペースの脇を

小走りに走り抜け、店の奥のセット卓のスペースへ。

お昼を注文して、一回目の半荘が終わるころ、

Sさんが、店の2階から降りてくる。

「おはよう。」

そう言ってにこりと笑うSさん。

そのSさんが、本当にごくまれにだけれど

麻雀を教えてくれることがあった。

他のメンバーが卓入りして、我々のセット卓スペースには

Sさんしかいない、そういう状況。

全体の形は覚えていないのだけれど

発があって、タンヤオじゃなくて、赤③もあったから

・・・多分

四五七八九③③(赤)45678発発

こんな感じ。

ここから四五を外したなら、もったいない、と教えられた。

③も発も、あと4枚。

でも、三六、なら8枚ある。

そういう解りやすい説明。

みな、納得していた。

けれど、わたしだけは、何か釈然としないものを感じていた。

25年も昔のハナシである。

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流れについての誤謬

七ワンをツモる。
七①②③⑤⑥⑦⑧⑨78南南中
なんだか、ここまで、
無駄ヅモがなかったこととか、そんなことに任せて
ここから、中を切ってしまう。
「七は強い牌だからね~」
「三色あるしね~、ワタリだ、ワタリ!」
「チャンタ三色もあるでよ~」
・・・・・・・・・・・・
そんな風に考えていた。
78のターツがあるかぎり、チャンタも三色も不確定だ。
七①②③⑤⑥⑦⑧⑨78南南
例えばここに九を引いて
七九①②③⑤⑥⑦⑧⑨78南南
ここから、⑤⑥をはずしても6ソウが来たなら
七九①②③⑦⑧⑨678南南
頭の悪いテンパイになる。
何これ?
ソーズの78ターツが、89や、79でない限り
ここから、三色を見ることは、手役におぼれた麻雀だ。
ついている、と勘違いすることで、
こういう調子に乗った打牌を重ねてしまうことが、私にはある。
どうせ、うまくいくんでしょ?みたいな。
裏目なんてひきっこない、と。
 そんな勘違いしかない私の麻雀を「麻雀の神様」は許してなどくれない。
もちろん、中を切ってこの
七①②③⑤⑥⑦⑧⑨78南南
13枚になったときに、
私は自らの行為に恐怖した。
「あ。これ、中持ってくるんじゃない?」
その恐怖を
「いやいやいやいや、いくらなんでも・・・」
とかき消す。
次巡、ツモ中
ツモ切るのだけれど、
もう嫌な予感しかしない。
「次の中だったなら、どうしよう?」
麻雀の神様はお怒りだ。
次巡、④を引く。
七①②③⑤⑥⑦⑧⑨78南南中
ここから、七を切っておけば
次巡の中ツモで
①②③⑤⑥⑦⑧⑨78南南中中
7ソウを切って、
今回の④ツモで、
①②③④⑤⑥⑦⑧⑨南南中中
このテンパイを当たり前に組めていた。
けれど、現在目の前にあるのは、
①②③④⑤⑥⑦⑧⑨78南南
この手なりの5800点テンパイである。
うおおお、リーチでござるよ!
①②③④⑤⑥⑦⑧⑨南南中中
本来、この形に組めなければならないテンパイを
①②③④⑤⑥⑦⑧⑨78南南
こんな風にしてしまってごめんなさい。
もちろんこれでも十分だけれど、
もしももうひとつわがままをいうのであれば、
中や南より先に6、9ソウをください。
その祈りむなしく、中をツモる。
ああ、一発ツモ・・・
8000オール・・・
そりゃそうだよな。
七①②③⑤⑥⑦⑧⑨78南南中
なんで、ここから七ワンを残す、なんて
くろうとぶった打牌をしてしまったのだろう・・
その次巡。
「チャンタ三色とか、見当違いもいいとこだぜ!」
といわんばかりに、6ソウをツモって裏で、6000オール。
チャンタ三色完全否定の6ソウツモ。
和了できただけついているのだろうけれど、
ついていると考えた(思い上がった地点)で
ある意味私はついていない。
流れは、未来に対しては存在しない。
過去を振り返って「流れ」あったんだな・・
と感じることができればよい、その程度のことである。
結果、この6000オールは最後の和了となり、このあとは
精神的なブレも有り、エラーが続き、地面にのめりこむような
そんな麻雀となってしまう。
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つかさ会は毎週末開催。参加希望者
お問い合わせは下記メールもしくは
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