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シラケンと大三元 [閑話休題]

 



車で予備校に乗り付けてきて


「おう、麻雀打つぞ!」


と、私に声をかけた。


「麻雀かあ。賭けるんだよあ。」


そう思ってすこし睥睨する。


その友人の名前は、Yにょ。


Yにょとは、トランプやボーリングやビリヤードで


よく賭けていたけれど、負けたことはない。


Yにょには負ける気はしない。


それに、麻雀には、実はとても興味があった。


シラケンに憧れている私は、アウトローな世界は勉強している。


そういう意味では、Yにょよりも、麻雀においてもクロウトだ。


それに、シラケンから「男の麻雀」について、教えていただいている。


しかも、一度、セットの雀荘にも連れて行ってもらっている。


・・・・・・・・・・・


「麻雀で、一番すごい役って何なん?」


予備校のコーヒーの自販機で、カフィを買い、


たむろしている仲間。


その群れに加わり、シラケンに訊ねる私。


「国士無双?」


返事のないシラケンに、重ねる私。


シラケンは、おおきくたばこを吸い込んで、


サイコーにイカス決め顔で、


「ばっか。国士はトーシローのねらう役よ。」


と、すこしためて、


男の役満はな。大三元よ。」


と、すんげえイケボでこぼした。


むふうう。


大三元。知ってる。


ゆうめいだもの。


よく知ってるよ。


よくお昼に「中華を食べに行くレストラン」のとなりの雀荘の名前だ。


植田まさしの漫画にも出てた。


白と発と中。


これを集める。


そうか、大三元か~。


いつか、いっぱいいっぱい


麻雀を打つことがあったなら、あがってみたいな。

・・・・・・・・・・・・・・


おれは、シラケンのソウルを受け継いでいる。


雀荘にも行ったことがある。


Yにょごときに負ける理由など、見当たらない。


しかも、おれはゲーセンで毎日麻雀を打っている。


ホンモノの麻雀と言っても、イナズマリーチ棒や、牌交換券がない、だけだ。


それに・・。


わたしは、シラケンがやられた39000円を思い出していた。














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博打の怖さ [閑話休題]

 


シラケンは、わたしのほうを見て、


一瞬驚いた様子だったけれど


すぐにいつものスカシた雰囲気に戻り


「おうっ」


と手をあげた。


心配そうなわたしを気遣ってか、


チョー色男な笑顔を見せて


預けていたカードと通帳を手渡し


「つかさ、ちょっと借りにしとくぞ。」


と、くぐもった声で言った。


わたしは、現在必要のないわたしの貯金よりも、


シラケンのほうが心配だった。


けれど、うだうだ言っては、


これまたシラケンの立つ瀬がない。


「うん。」


正確にはわたしのお金を増やすため、


にシラケンは打っているのだから、


負けたとしても、シラケンがその負債を背負う


必要は「理屈では」ない。


けれど、それではシラケンの男が廃る。


わたしは、パチンコ店を出て


とぼとぼと帰路につく。


途中、公園のベンチをみつけ


腰掛けて、通帳を開く。


50,000円あった残高は、11,000円になっていた。


39,000円負けている。


1,000円、2,000円の話ではない。


通帳の記載はその日だけで何行もあった。


2,000円とか、3,000円とか


何度も何度も、下ろしている。


一番最後の行では、10,000円おろしていた。


きっと、シラケンはわたしの気を使いながら


何度も何度も、銀行へ足を運んだのだろう。


打つことをやめれば、負けが確定してしまうから。


その様子を想像して、わたしは本当に


パチンコって、博打って恐ろしいな、と思った。


予備校生で、おこずかいなんてもらえない身空で


39,000円とは、気を失うくらいの金額だ。


もう、どのみち予備校で勉強するしかない、


とおもっていたので、正直お金はあまり意味がなかった。


失った39,000円も、シラケンが勝った時に


返ってくればいいし、返ってこないなら来ないで


別に大勢に影響はない。


予備校帰りに、ゲーセンで遊ぶ数100円があれば、


それで構わなかった。


11,000円もあれば、不便はない。


博打は怖い。


シラケンでさえ勝てないことがある。


それを思い知った4月。


あれほど、勉強する気持ちで満たされていた季節もいつしか終わり


「なんだ、まだ、受験まであと1年近くのあるじゃんか。」


と「勘違い」が生まれる頃、ゴールデンウイークの入り口。


高校の頃の友人が、


わたしと違って大学生である友人が


車で予備校に乗り付けてきて


「おう、麻雀打つぞ!」


と、私に声をかけた。










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博打の入り口 [閑話休題]

 


鉄と炭鉱の町。


その駅の周辺は混沌としていたけれど、


わたしは、その救いようのないカンジが嫌いではなかった。


ガラが悪い。


この言葉がぴったりな、そういう風景。


私は、そのガラの悪さのウラに


「照れ隠し」が見え隠れしているような気がして


まあ、ようするに、ふるさととして、この町を愛していた、のだろう。

:::::::::::


まだ、携帯電話どころは、ポケベルもない時代。



大学入試。


3月。


本当に不思議なハナシなのだけれど


私のところに合格通知は届かなかったので


そのまま浪人することにした。


現役受験の旅費やお年玉の残り


そして、勉強に専念するために売り払ったソフト代金など


あわせて貯金は5万円くらいあったので、バイトなどせずに、


モーレツに勉強して東京の大学に進学するつもりだった。


大好きなゲームも漫画も封印。


オカネなんて必要ないや、と思っていた18歳。


まさに、冬物語に突入するおもむき。


予備校には、天使のような同級生もいたので、


そんな空気のなかで、大学を目指すことも悪くない、と思っていた。


親には、本当に申し訳ないのだけれど。


地下にある予備校の食堂で勉強していると


「おまえの金を増やしてやろうか?」


と、シラケンの声がする。


時間は9時40分


パチンコ店の開店直前だ。


そう言ってくれたシラケンに、私は迷わず


銀行のカードをわたす。


シラケンは、リーゼントの色男。


高校の同級生であるシラケンは、勝負師で、


よくわたしの投資した200円を1000円に増やしてくれたりしていた。


とにかくかっこいい憧れの兄貴だ。


シラケンはパチンコのプロだから、


きっと私の口座のお金は勝手に増えてゆくだろう。


私は、カードをシラケンに渡して、予備校の授業を受ける。


今度こそ、憧れの大都会へ進撃するのだ。


おおきなトキメキのなか、過去問に立ち向かう。


夕方、戻ってこないシラケンが気になった私は、


シラケンが居るであろうパチンコ店へゆく。


シラケンのことだ、きっと大勝しているに違いない。


予備校から、駅へ向かう商店街沿いに


パチンコ店は10店舗近くある。


シラケンはカド台が好きだから、きっと


シマのカドにいるはずだ。


シラケンが根城としている靴屋が経営しているパチンコ店


ワシントン。


ここのパチンココーナーを覘くけれど、


シラケンの姿はない。


結局、全てのパチンココーナーをまわったけれど


シラケンはみつからない。


予備校から駅までの全ての店舗を探す。いない。


おかしいな、とおもい、わたしは、今度は


パチスロコーナーを探す。


パチスロ、というのは、当時パチンコ店のスミに置いてあった


スロットマシーンのことをさす。


パチンコが1,000円2,000円の勝負なら、


パチスロは10,000円、20,000円の大人の勝負だ。


かっこいい。


私は、シラケンなら、スロットルマシーンを組みふすくらいは


朝飯前ではないか?と常々おもっていた。


そうか、スロットルマシーンだ!


私は、駅から予備校まで、今度は全ての店舗のパチスロコーナーを覗く。


シラケンのメダルだらけの姿を探す。


お金云々よりも、そういうシラケンのかっこいい姿を見たかったのだ。


18歳で、パチスロで万札を抜いている、


かっこいい!


私は、シラケンのことが大好きだった。


シラケンのまねをして、タバコも覚えようとしたけれど


むせてしまって、どうにもムリだった。


マルボロとか、ピースとか、よくわからない


タバコの名前も、かっちょえー!と本気で憧れていた。


何店舗かまわって、見覚えのあるリーゼントを見つける。


おしゃれな雰囲気。


左カドの台。


シラケンだ。


だが、様子がおかしい。


シラケンの周囲には、メダルはなく


メダルを交換したであろう、景品も見当たらない。


とても真剣な表情でレバーをたたくシラケン。


何があったんだ?


時刻は午後6時。


おろおろしていると、シミケンと目があった。







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90年初期 [閑話休題]



講義がある時期は、大学前で麻雀三昧。


毎日毎日、講義のあと、麻雀を打つ。


週末は、徹夜で麻雀と桃電。


そして、大学が休みになると、帰省して


これまた麻雀三昧である。





9時20分


友人のクルマで、海辺のパチンコ店へ


10時


パチンコ店開店と同時にモーニングセットを取り+5,000円


11時~


麻雀のメンツを探して市内のパチンコ店をめぐる


13時~


メンツをそろえて、麻雀


19時~


帰宅 ごはん 夜の麻雀メンツ集めの連絡網駆使 


20時30分


就寝


23時~


揃った面子で朝まで麻雀


7時


帰宅 睡眠



8時30分


起床 パチンコ屋へゆく準備。


パチンコのモーニングの5,000円で1日をやりくりする、そんな日々。


まさに、命を削って遊んでいた。


目が覚めているのに、麻雀を打たないでいることが


たまらなくもったいない気がしていた。


そもそも、いつも


「なんで、みんな麻雀打たないで平気なの?」


思っていたくらいだから。


若かったから、眠らなくても全くきつくなかったし、


眠くなったら、眠るし。


これ、もし、仕事だったら、めっちゃハードだよな、と思い返す。


麻雀が麻雀であっただけのハナシで、


これ、麻雀が仕事だったら、ハードすぎるわ。


現在でも仕事が遅くなった23時とかに


「これから、朝まで麻雀・・」


とか考えてみることはある。


だけど当然、ムリダー。となる。


結局のところ、若くて元気のあるときに


麻雀に出会えてよかった、と心底思う。


思い返してみても、あの頃よりも楽しかった時代はない。


五木寛之氏は、学生時代は黄金時代という。


麻雀に浸かっていた自分の学生時代を、


まさか、こんな風に思い返す時間がやってこようとは・・・


1日だけでも、あの日に帰れるなら、


などと、本気で思ってしまう。


そういう自分がいることもまた、滑稽ではあるけれど。



結局 どんなことも、やってみることだ、と思うようになった。


人間なんて「やっておけばよかった」の後悔は一生続くけれど、


「やらなければよかった」の後悔はすぐに未来に消えてゆく。


考えてみれば、わりと好き放題、我慢のない人生だった。


麻雀を生業としていないのに、これだけ、現在でも麻雀のそばにいる。


若い一番大事な時期を、麻雀で空費した、と嘆いていた時期もあった。


だけど、現在では、その後悔も含めて


麻雀、やらなければよかった、とは思わない。


麻雀とともに、仲間と過ごした時間は、


やはりとても大切で、筆舌にも尽くしがたいものがある。





パチスロの7の図柄も、赤3ソウの尖がった存在感も


あの頃は全て、セピア色に染まっていて、ゆりかこのようだ。


遠ざかる日々が、自分に優しい、と感じることは悪くない、と思う。


そういう思い出を持って、未来を生きることは、


悪くない、と思う。






ブチョリーナ特集


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本物の役満。 [閑話休題]

牌の繋がりを粉々にした、リューイーソー。


それに対して、牌がしっかりと繋がっている今回の役満。


同じ、ソーズの和了であったとしても、


まったくその迫力は違う。

:::::::::::::::::::::::::


前回のヘタレ緑一色から、4局後、オーラスにその事件は起こる。


そのお話のまえに、ある若者のことを、語らねばなるまい。


その若者と、あまり麻雀の話をすることはなかった。


1を知れば、10を理解するセンスの良さに、私が口出しすることなど何もないからだ。


リーチの使い方。 親番の使い方。 どれも、一言言えば、真綿のように吸収して成長する。


前に1度、こんな話をした。


「当たる、とおもう牌を、勝手な都合で切るのって矛盾しているよね?


だって、和了される牌だと思ったのならば、その牌を切る先の未来は存在しない。 そうは、思わないかい?」


私の話に若者は 「確かに、そうですね。」 そう頷いた。


以来、彼は和了されると思う牌を全て止めるようになる。


そのかわり、通ると信じた牌は全て切る。 そういうスタイルに急変した。


僅か2ヶ月で、恐るべき成長をしている。


実は、私の上家のその若者が、東ラスから4000点を切っていた。


ダマのチートイへの放銃。


後は、ツモられて減少した点棒。


南2局の彼の親番。 彼は、親でありながらも、


「最後の親番だから」という状況に甘えず、テンパイを壊し、南3局へ、局面を流す。


非常に整合性のとれた良い麻雀だ。


私は。


42000点くらい。ラス親2着目の親は、32000点くらい。


ちょっと嫌な展開。


ドラである中をトイツで擁したホンイツで仕留めようと、


56ソウのターツをはずそうとした瞬間 親のツモ切りリーチが入る。


打てない。6ソウは、一見通りそうだが、親リーチはソーズ本線だ。


チートイへ向かう私。


そして、数巡後、この親リーチに、上家の件の若者、初牌のドラを手出しで切る。


? おかしい。 やけくそで、ドラを切るような人間ではない。


捨て牌からすると、スーアンコーか? 確かにずっと手出しが続いているが・・・・・・・


数巡後 2ソウを静かにツモる若者。 1113456788999 九連だ。


258 7 待ち これだけの待ち牌がありながら、ストレートに2ソウをツモッた。


ツモ役満以外捲れない状況。


訊けば、猛烈な勢いでソーズが入ってきたという。


1ソウ9ソウは、立て続けに組みあがったそうだ。


ドラの中は、親がツモ切りリーチを打つ地点で通る。


親が中を2枚持っているのならば、シャボに受けず雀頭にしてよいターツを探すはずだ。


この時の親番はDJワカ。


重い彼の雀風からして、ドラ単騎リーチなど有り得ない。


この待ちになってもリーチを打たない若者。


この6面待ち。 理由は1つ、打てない牌は打てないからだろう。


危険牌を掴めば、このテンパイすら彼なら壊しかねない。


そして、この手牌。テンパイ時に引いた牌は3ソウとのこと。


4局前、私が欲した3ソウが、若者に力をあたえた。


私の過ちを咎めているような気がした。 4局前の親のテンパイも峻烈に脳裏に甦る。


二二二1113 999 西西西 鏡のような姿。


麻雀の神様はいる。 そして努力を決して裏切らない。


よくもそこまで我慢できるなあ。と感心するくらいの若者の我慢。


この役満ツモ条件下での九連の確率など天文学的な数字だ。


だが、奇跡は起きる。 何度でも何度でも。


諦めなければ、何度でも麻雀はその魂に呼応して共振してくれる。


この役満はプレゼント。


その価値有る道程についての、麻雀の神様からのご褒美だろう。 そう改めて感じる素晴らしい役満だった。 NEC_0439.JPG 





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最低な緑一色(再録) [閑話休題]

前回のつかさ会で、緑一色のハナシがでて、


そういえば30年間で、リューは2回だけだなあ、とか思い出していて、


なんか、ひどいリューのテンパイがあったなあ、とかひっかかっていて


調べたなら、2012年12月の記事にたどりついた。


このリューテンパイのあと、とんでもないことになったことも含めて


鮮明に思い出してきて、やっぱ、自分の対局記録としても


このブログ記事って価値があるのだなあ、と感慨深く。

:::::::::::::::::::::::::::::::


点棒がたくさんあったから、少し、気が抜けていたのかなあ?


ドラ③ ソーズへ。


2334566788⑥⑨北


ここから2ソウをチー


8ソウをポン 235667北  ポン888 


チー234 ドラの③をツモリ 打北。


もうソーズがびっくりするくらい安く、西家だったので、


チンイツタンヤオのハネマンを組む。


ドラを掴むまではその路線でいこうとおもっていた。


ソーズは全て安全な牌なのだから。


235667③  ポン888 チー234


このドラの③で、タンヤオに移行。


するつもりが、望外な牌を引く。


3ソウ。


2335667③   ポン888 チー234


緑一色が見える。 だが、役満が必要な状況ではない。


けれど、この3ソウはどういう意味なのだろうか?


親も含め、私の仕掛けに、全員受けに回った様子。


おそらく、誰も向かってはこない。


上家にすこし、攻撃の息吹を感じるくらいなものだ。 私の点棒は42000点。


これ以上、私に点棒を集めさせるわけにはいかないだろう。


私には、まだ南場の親もある。


③を切る。


そして、上家が「勝負」とばかりに切る4ソウをチー。


35667   チー423 ポン888 チー234


緑一色に渡れるように、7ソウを切る。


3566  チー423 ポン888 チー234


そして、6ソウツモ


3666  チー423 ポン888 チー234 の緑一色テンパイ。


ハイテイ近辺で、6ソウをカン。


全員を完全に降ろすための行為。


何をリンシャンから持ってきても


3ソウと変えれば、テンパイは維持できる。


ところが、降ろしたと思った親が、二ワンをポン。


9ソウをポン 西をアンカン。息を吹き返す。


結果流局。


1113 カン西西西西ポン999ポン二二二 親のテンパイ。


思えば、緑一色を追うには、攻守に長けた発を使用することが、自然だろう。


ドラもピンズなわけだし。


ひどい麻雀を打ってしまった。


和了するために、緑一色がよい、と勝手におもいこんでいた。


バランスが悪い。 猛省する。


だが、この猛省だけでは、済まされないオーラスが私を待ち受けていた。


今思えば、この親の1ソウと9ソウのアンコウ。


そして、私がソーズの奇数を嫌ったこと。 このことに、おおきな意味があった。


私の麻雀人生の中で、5本の指に入る感動的なオーラスが待ち受けていた。 NEC_0438.JPG



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数は続けてくる [閑話休題]

 


一気通貫って、響きがまずかっこいい。


「イッツー」


とか、麻雀でしか使わない言葉だし、


なんか本当、麻雀わかってる空気ぱねえ。


麻雀を覚えて間もない頃は、


このイッツーって役を狙い続けていた時期もある。


けれど、慣れてくると、このイッツーっていう役の


使い勝手の悪さに具合が悪くなる日もある。


:::::::::::::::::::::::::::

東場。


3局かな?


わたくし、

西家。原点位。


南家がすこし点棒を持っているくらい。


5巡目くらいかしら?


ドラは、八ワン。


一一二五六七八九②③④77


このシャンテンに8ソウを持ってきました。


ここからであれば、二を切って



一一五六七八九②③④778
このパーフェクツイーシャンテンに構える。
そうそう、それがセオリーなのだ。
8ソウを引いた意味を考えれば、
6ソウ9ソウで和了しなさい、って教えてくれているのかも
知れないですし、おすし。
一二三五六七八九②③④77
よしんばこのテンパイになったところで
七が打たれたなら、それまで。
七を先に引いたなら、
一一二五六七八九②③④77
一一二五六七七八九②③④77
こんなテンパイになる可能性もある。
だから、裏目が三ワンだけ、という
一一五六七八九②③④778
このシャンテンに構えるべき。
なのだけれど・・・
そういうこととは別の感覚があって、
そんな当たり前のこととは別に、牌のあとさきを意識してしまう。
手順ならば、二切り。
ではなぜ、イッツー含みのシャンテンになっているのか、
ということ、マンズが安いということと、
いよいよになれば、食い仕掛けも効く、なんてことも合わせて
8ソウをたたき切る。
でも一番の理由は、牌の形。
これは、オカルトな理由になるのだけれど、
一一二五六七八九②③④77
三→四
もしくは、
四→三
と、順番にひけばよいだけ。
数は続けてくる。
それが、ツモ牌だったり、
他家からの手出しだったり、
とにかく、続けて出てくることが多いと思う。
色と数は繋がりやすい。
場に安い色、というのは、それだけ他家が使用してなく
尚且つ、牌山にいる可能性が高い可能性もある。
麻雀って、ツモに数が繋がっていることも多いから、
やや場に高いソーズ、よりも安いマンズを軸に。
6ソウ引いたり9ソウ引いたりするよりも、
はるかに簡単なイメージがある。
結局、四ワンを引き、三ワンで和了しました。





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ピンフドラ1とイッツー [閑話休題]

 


ピンフドラ1は、だいたいリーチ。


競技だと、ダマのほうがいいかな?という気もするけれど、


ツモ和了でもかなった日には、もう、勝ち確定くらい、破壊力がある。


一発とか、裏ドラとかがあるルールなら、なおのこと、だ。


ピンフは噂によると、3割くらいは「裏ドラ」が乗るらしい。


赤ありだと、これはもう最強レベルのリーチになりますから、ええ。


簡単に言うと、


「ピンフドラ1は、いつもリーチ」


だから、

「ピンフドラ1を狙おう!」


ということです。ええ。


でもね、麻雀なんて「基本どおり」にいくことなんて、


そんなにない、と思うん。

:::::::::::::::::::::::::::

東場。


3局かな?


わたくし、

西家。原点位。


南家がすこし点棒を持っているくらい。


5巡目くらいかしら?


ドラは、八ワン。


一一二五六七八九②③④77


このシャンテンに8ソウを持ってきました。



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イッツーと三色 [閑話休題]

 イッツーと三色


どちらも2役だけれど、そのポテンシャルは全然違う。


①複合できる手役


イッツーは


ホンイツとピンフとイーペーコー


三色は


チャンタとジュンチャンとピンフとイーペーコー


とタンヤオ


こうして比較をしてみると


イッツーは「色」が強い手役で


三色は、「数」が強い手役、というイメージ。


複合させることができる手役も、


(クイタンのあるルールであればなおのこと)


やはり三色のほうが有利である。


わたしは、例えばピンズであれば、


①と⑨2つの牌が手牌に組まれていて


連続が困難な分断された形の場合は、


①②③⑥⑦⑧⑨


こういうときは、チャンタをみつめるし


①と⑨が少ない形で連続している場合であれば


①②③④⑤⑥⑦


こういうときは、三色をみつめる。


イッツーは個人的には、とても難解な手役。


ピンフ軸で組むときに、見失わないように


注意をするくらいな感覚だ。




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マナー?って? [閑話休題]

 麻雀は、地元で覚えた。


完全先付け。


オーラストップ目が33300に届かない場合、西入りあり。


赤は3.


南場はノーテンでも親番は流れない。


つみ棒は、1本場1500点。


あと、捨て牌は6枚切りではなく永遠にヨコに続く


万里の長城タイプ。


関東に進学をして、フリー麻雀を覚えた私は、


その帰省した夏、その地元のルールの改変をはかる。


「クイタン?鳴いてタンヤオとか、何点や?500点か?」


「西入りなし、とか、33300なしのトップとか意味ないわ!」


「はあ?積棒300?そんなしみったれた点数ならいらんわ!」


と、非難ごうごうだったのだが、


捨て牌6枚切り。


「なんでや!」


と、友人たちは、かなりの剣幕。


「1段目は、前半、2段目は中盤・・・」


と説明をするのだけど、


牌を長く並べたい、という願望には叶わない。


もっと簡単にいうと6枚きりの麻雀など楽しくない、ということなのである。


どうして、おまえはそんな関東ルールでうちたいんや?


との純粋な問い。


よく考えてみれば、別に仲間内のセットだし、ルールなんて


みんなで決めればいいや、とすぐに思い直した。


麻雀の目的は、ひとそれぞれ。


同卓者が納得しているのであれば、


どんな所作で牌を握っても構わない、と私は思うのだ。


強打や引きツモ、小手返し。


打っている人間が楽しいのであれば、


本当に「それが何より」ではないだろうか?


勝手に麻雀とはこうあるべき、だなんて決め付けてしまうよりは


はるかに価値があるような気がしてならないのだ。


「発声しろ!」とか「牌山を前に出せ!」とか


マナーを強く主張するひとをみかけるけれど、


それって、そんなに偉そうに強要するべきことなの?と思う。


それよりも、いっしょに楽しく打とうよ!の気持ちが大事。


そのうえで、周りへの気遣いがあれば、それでいいじゃない?


マナーは、守らなければならないことはなくって、


気がつくと、身についているもの。


強要することもまた、一歩間違えば、マナ悪、ということにならないだろうか?




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