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遥かなる旅 [九州麻雀ほうろうき]

実は、麻雀漫画で一番好きな最終回は、

ノーマーク爆牌党、だったりする。

爆岡と鉄壁が、おのおのの麻雀で決着をつける、

そのシーンが大好きだ。 

麻雀は、自分が納得できなきゃ意味がない。 

これこそ、真理だ、と思っている自分がいる。

誰かに褒めてもらいたいわけではなく

また、尊敬されたいわけでもなく、 

自分が納得すること。

憧れる麻雀があって、それを模倣して

覚えた戦術があって、それを実践して

 その積み重ねの遥か彼方に到達点がある、とすれば 

やはり、「これでよい」と、

心の底から、自分と自分の麻雀との物語を肯定できることではないだろうか?

自分と牌との歴史、

自分と同卓してくださった人達を

万感の想いを持って肯定できること。 

「悔いはない」

麻雀を重ねてゆけば、いつかその瞬間がおとずれるはずだ。

これまでの、私の麻雀の歴史の中でも、数えるほども経験できていない

あの「全てが透けて見えるような、透明な感覚」。 

勝ちたいとか、うまくみせようとか、そういういつものことが

全然介入する余地なんてない、あの感覚。

淀みなく、同卓者が誰一人として淀むことなく

一定のリズムで、牌に自然に対応しているだけの

シンプルで心地よい対局。

最後は、そういう対局を経て朽ちたい、と願う。

その為に、そのいつかの対局を目指して

現在はまだ、遥かなる終わりなき旅を歩く。 

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50パーセントまで押す [九州麻雀ほうろうき]

今回のテーマは、半分まで押す。

危険そうな牌も50パーセントまで押す。

イーシャンテンでも押す。

そうして、指が和了牌を察知できるくらいまで、

感覚を研ぎ澄ますんだ!

もう、これは、四七待ちだな!

と思った待ちが、⑨と南のシャボだったり、

これに発は切れないな!

と思って止めたら、アンコウだったり。

ずっと、理屈で麻雀打ってるから

感覚で麻雀打てなくなってる。

理屈の麻雀を7年間も打っていたのだから、

無理もないのだけれど、

このほうが、麻雀打ってる、って気がするなあ。

うまくいかない、と感じたら、

どんなところからでも注意して

うまくいきそう、と感じたなら

指が14本折れても、リーチ。

もちろん、理屈じゃないから、マネされては困るし

結果がでるようになるまでには、かなりギリギリの牌を切らなきゃならない。 

また年齢も年齢だから、感覚は戻らないかも知れない。

けれど、正月の麻雀で、

自分は理屈のうえで、成績を守って楽をしてるな、と思った。

納得はできるけれど、自分の心は死んでいる。

「楽をしている」

「だから、つまらない。」

理屈の当たり前の努力の結果だけど、

まあ、それにも、おおきな意味があるのだけれど、

それだと、全然つまんない。

今年のテーマは楽をしない。

今回、一度だけ牌に触れた瞬間にこれが、アタリだと

指でわかった。

カン②ピン。

ああ、この感覚は懐かしいな、と思った。

だけど、半荘数回打って、1回だけだった。

 

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そんなオカルトありえま・・・ [九州麻雀ほうろうき]

卓に強者がいると、高得点の手組は容易に和了できない。

何か、特別な何かが起こらない限り、役満など和了できない。

(そんなオカルトありえません) 

同卓者は、ますたぴょんやF岡先生たちだ。

そうそう容易なこととはならない。

何かの間違いで、とか、そういうこともおきない。

(そんなオカルトありえません) 

けれど、どいんちゃんの国士の和了を見たかった私は

その成り立ちを忘れることができない。

どいんちゃんと私は、同じ時期、ひろりん師匠のもとで

麻雀を学んでいた、いわゆる同期生だ。

現在、どいんちゃんは、すっかり麻雀から身を引いていて

私の帰省時くらいしか麻雀を打たないそうだが

この日も、あの頃と変わらず、魂の打牌を重ねていた。

なんというか、実は私はそのことも、とてもうれしかったのだ。 

:::::::::::::::::::::::::: 

どいんちゃんと席を変わったわたしは、

どこかで、国士を組む必要があるんじゃないか?

と思っていた。

対戦相手が重いから、国士の和了は叶わないだろうけれど

 国士を狙うことで、たどりつける世界があるのではないか?と。 

ソーズの上と北。

9ソウ、と北。

ますたぴょんに潰された国士だけれど、

これをヒントに私が組めば、

今度はますたぴょんの勝負手を潰せるかも知れない。

ここ一番の他家のチャンス手は、恐ろしいくらいの嗅覚で察知。

必ず、 ますたぴょんは潰しにくる。

四四12344789南南

これで、リーチを打ってでも、潰しにくる理屈でない、

その感覚はなんというか、ちょっと神域だ。 

そんなことを考えながら 

わたしの最初の配牌は、 

一二四四⑥⑦⑨38東南白中

ドラ2ソウ 

国士をイメージしていたなら、チャンタチックになった。 

中盤に

一二八九⑦⑨123788東東 

ここから、8ソウを切る。

どいんちゃんもソーズの上が動いてたもんな~とか思いながら。

この巡目に9ソウが3枚切られる。 

次巡三を引き マンズの上が苦しい場の状況に 

一二三八九⑦⑨12378東東 

チャンタ三色目の高め9ソウが3枚も切られた、

ということを考えると、打7ソウ、打8ソウで

構わないのだろうけれど、先般の国士

どいんちゃんの9ソウ引き北待ちが頭を離れない。 

さらに、マンズの上は苦しい、と感じている。 

 八ワンを外す。

そして、次巡 北ツモ。

あ、この北も、先般国士の和了牌じゃないか?

ちょっと大事にしてみる。打九ワン

一二三⑦⑨12378東東北 

次巡 ツモ北

一二三⑦⑨12378東東北北

北に勢いを感じるし、なおかつ、9ソウ引きの形も残したい。

この席は、国士無双の想いの残った席。

(そんなオカルトありえません) 

であれば、そこを粋に感じて組みたい。

打⑦

次巡、待望のラス9ソウツモ 打⑨

一二三123789東東北北 

チャンタドラ1

これをダマ。

どいんちゃんの国士もダマで北待ちだった。

ダマに受けて、北で和了すれば、きっと流れは来る。

しかも、前任者 のぶんもまとめてくる。

(そんなオカルトありえません) 

ふわり、と北が切られる。

何の気ないチャンタ、だと思われる手役ではあれど、

ひろりん師匠の弟子ふたり分の想いの籠った和了だった、と

やり遂げた感に満ち溢れていた。

自分でいうのもなんだけど、めっちゃよく打てた、と思った。

楽をせず、散らかさずに打てたな、と。

ああ、この東1局で物語が終わればよかったのに・・・ 

・・・・・・・・・・・・

ここで、全エネルギーを使い果たしてしまった。

瞬間の気のゆるみでいろいろな大事なことを忘却してしまった。

最初のテーマだった、散らかさない、とか、楽をしない、

とか、そういうのと真逆の打牌を連発してしまった。 

やっぱり、感性の麻雀っていうのは

自分には、なかなか厳しいものがあるな、と

あらためて痛感するばかり、の新年でした。 

 我慢した分、楽をしたくなり、

丁寧に打っていた分、散らかしたくなる、

そういったよく理解できない性質が自分にはあるようだ。

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麻雀における押し引き [九州麻雀ほうろうき]

手牌がよかったり、スピードが見込めそうな場合は 攻める。

逆にそうではない場合は、攻めない。

それはきっと誰にでもできること。

麻雀はそんなに簡単なものではない。

手牌がよかったり、スピードが見込めそうな場合だからといって

攻めて来るのではなく。

逆にそうではないからといって、攻めないわけでもない。

例えば、ドラポンをした人の捨て牌に②⑤のスジがとんでいれば

その人は、②⑤を万が一にも掴んでも、

例えば、こちらがリーチを打っても向かってくるだろうから

それを打ち取れる可能性が高いし、

また、愚形であっても、先制リーチを打てば

まず向かっては来ない。

下家でドラが字牌で、混一色ぽい捨て牌にすれば

まず、牌を絞る。

たいへん不穏当な表現になるけれど、

それは、よい麻雀、とは言えない、と私は思う。

つかさ会では、このステージの方々が多い。

雑ではないし、我慢もしているし、丁寧だ。

けれど、それは諦観混じりのもの。

それを、楽をしている、と思われても仕方がないだろう。

私は、こういう(失礼な言い方だが)マニュアル通りの麻雀は

まったく恐ろしくない。

驚きもなく、その麻雀におけるほとんどの事象が想定内となる。

東一局

親番の私のトイメン混一色仕掛け。

上家から三ワン手出しのリーチ。

私の形が9ソウをツモってこの形。

一三三四五②③⑤⑥⑦79発発

発は打てない。初牌だもの。

二三三などの形から三ワン手出しのマタギもあるけれど、

それよりも、他の色や場所である可能性が高い。

シャボ待ちであれば、一ワンは安めであるわけだし。

マンズの上のトビが場に多いから、イッツーはなさそうだし

ピンズの下も皆無そうだから、123の三色もない。

イッツーや三色が絡む形であればなおのこと

三ワンの打ち出しも早いはずだからと、

まず三ワンを打ち、8ソウを引き、次巡ここから一ワンを打つ。

イッツーのど高めにぶちささり、

裏ドラももろ乗り、いきなり12000点を支払っての開局である。

東一局から、おりるわけがない。

ただ、その大きな失点を受け止めて、

「どこで巻き返しをはかるか」の、戦略を立てるべきだ。

私が12000点を振り込んだことで、

列ができた。

北家は、点棒のある打ち方をするだろうし

30000点をキープしている他家は、

失点の少ない卓回しを考えるだろう。

すなわち、攻めやすい。

次局、私は北家となるから、次次局、

東3局から、南1局での猛追を仮想する。

そうではないかもしれない。

けれど、そうではなかったときには、

またそこから、考えることをすればよい。

まず、わたしはまったく平気な顔を心がけて点棒を支払う。

気持ちでも風下にたたないために

自分の振込を嘆いてはいけない。

失ったものは、点棒だけである。

押すべきところを押しただけのことだ。

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ヲタ風からの仕掛け [九州麻雀ほうろうき]

 南3局

トイメンのF岡先生が

「ぽーん」

と、逡巡のない鳴きをぶちかます。

私が、F岡先生のことを好きな一番の理由は

「何よりも、麻雀を愛している」ということ。

常に、ひとつでも着順をあげること、を目指して打牌を紡ぐ。

そのF岡先生が、ヲタ風を2つ仕掛けた。

東と北。

どちらも役牌ではない。

捨て牌も濃い。

私の手元に南がいらっしゃる。

こんにちわ。わたし南、

おいそれと切れないでしょ?

そう語りかけられている。

ストップ牌だ。

切りたい。

F岡先生の河に捨ててある⑥を見て

その上家が、⑨を切る。

チー

まじっすか?

⑨⑦⑧のフリテンチーだ。

・・・・・・・・・・・・・

これは、どうだろうか?

スーシー役なら、チャンタとかいらないだろう?

けれど、そう思わせることで、南や西を打たせようとしている可能性もある。

現在は、ほぼノーテン。

親番の私は、一二三四四③④⑤⑥⑦789南

とか、試されているテンパイ。

南を切るか?

けれど、⑥⑦⑧から、⑥を切って

フリテンターツを仕掛けることで、

スーシー役がないように思わせるくらいのことは

F岡先生なら、やりかねない。

打てるのか?南。

切ったとして、スーシー役だったとして、

「フリテンターツを仕掛けたから、ないと思いました。」

なんて打牌理由が通るわけがない。

そういう理由で、南を私が切ったのであれば

F岡先生は悲しい気持ちになるに決まっているし、

もう、わたしと麻雀を打ってくれない!まである。

打つわけないです。

そういう人読み以前の場の状況の問題。

台風きてるのに、海に泳ぎにいくようなもの。

おもいあがってんじゃねーぞ!という・・・

こういう牌を抑えてきたから現在の世界がある。

その局が終わって

「先生何をやっとるんですか?」

と微笑み混じりに尋ねると

F岡先生は、にこっと照れくさそうに笑う。

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③たんき [九州麻雀ほうろうき]

 その最後の半荘15000点持ち西家

の南3局に

五六七⑤⑥⑦223789 南南

南が枯れた瞬間 に⑦を引いたので、

2ソウをぶんまげしたなら、1ソウをツモ。

その前局にも、F岡先生が、⑥切ってのマタギの⑧を

一発でツモ和了されていたので、その模倣である。

親番との点数の差は、13000点くらいのオーラス。

この手格好。

⑥⑨はフリテン。 

二三四③④⑥⑦⑨789 暗槓ハハハハ。

場には、④が2枚②⑤が6枚。

私の手のうちとあわせて、④は3枚。

打④で、 

 二三四③⑥⑦⑨789 暗槓ハハハハ。

③⑥⑨引きのイーシャンテン。 

雀頭単騎ごろごろで、

「降らなければトップ」

という作戦を決行しているトップ目を撃墜することが

私の使命。

まあ、ドラを絡めて和了をすれば、2着まで見える状況。

ドラを絡めなくても、3着キープでも、和了をするけれど・・ 

運良く、トップ目直撃が叶えば、 ・・・というだけの状況だ、ということ。

わたしの④にあわせるように、

ほんのちょっと、「しかたないなあ」という様子で

わたしの下家は、手の内から④を切る。

これ、間違いなく③持ってる。

そして、おそらく、ベタオリでもなく、

ぼんやり「りゃんしゃんてん 」くらいではないだろうか?

すなわち、ぼんやり通りやすそうとおもえる牌を 

④は場に4枚。②⑤は6枚。

ピンズの下は釣り堀だ。 

③はツモ和了できそう。 

二三四③⑥⑦⑧⑨789 暗槓ハハハハ。

⑥を切って リーチ

二三四③⑦⑧⑨789 暗槓ハハハハ。

③がささるとしたなら、①②のペン③。 

もしくは③単騎。

⑥切り⇒④切りのリーチであればともかく

④切り⇒⑥切りであれば、③はもしかしたなら、

安牌が切れたのであれば、出てくるかも知れない。

一発で③が出てきた。

わーい!

けれど場はドン引き。

「④が四枚見えているから・・」

との声の中、

「ああ、この麻雀はよくなかったかな」

とほんのちょっとおもったけれど、

場の状況から考える自分の精一杯だから、悔いはない。 

⑥⑨のフリテンリーチのほうがよっぽど

おもいあがっていて、自己満足だ。

⑥⑨がフリテンでなくても、⑥切り③単騎にするし・・ 

しかも、③はひとつ前の半荘の和了牌だし・・・

でも、そんなことを口にしようものなら、

ぶっころされそうだったので、 

そこは、口を閉ざした。

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桜井章一さんと小林剛さんとの麻雀のおはなし。 [九州麻雀ほうろうき]

コンビニに立ち寄ったなら、近代麻雀が目に付いた。

桜井章一会長と小林剛さんが、おはなしをしている、とのこと。

読ませていただいて、「なるほどおっしゃる通りですね、」と思い

ひさかたぶりに、近代麻雀を購入。

歯切れのよい記事だった、と感じた。

麻雀は、流行モノなのだ、と思う。

どちらが正しいなんてことはなくって

一昔前までは、食い仕掛けの1000点なんて

「貧乏麻雀」と罵られていたわけだし、

「流れ」論が、麻雀界の全てだった時代だってあるわけだから。

過去の最強位戦では、雀鬼会が席巻していた年もあるわけだし。

「流れ」とか「ツキ」とか、そういう目に見えないものを大事にする麻雀と

目に見えないものを運用しない麻雀。

そして、それぞれに実績と結果が出ているから説得力がある。

どちらも、信じるところの問題であり、

それをしっかりと実践できていらっしゃることが、素晴らしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

目に見えている情報は最大限に活用する。

理屈に裏打ちされたあるべき打牌の姿がある。

これを志すことは、必須。

これは、牌を握る上での最低限の責任。

そして、叶うならば、ツキや流れという

目に見えないものを、目に見えないからこそ大切にしたい、と思う。

どうしていることが、大切にできていて

どうすることが、大切にできていないのか、

そこのところはとても蒙昧で途方もなく困難だ。

また、目に見えないものを大切にしたいと思うあまり、

「目に見えている情報は最大限に活用する

理屈に裏打ちされたあるべき打牌の姿」

をおろそかにしてしまうことも多い。

大きな運や流れというものに翻弄をされながらも、

正しいと思うものを積み重ねようとする

そういう迷いの姿、そのものが人間なのではないか?

と思うのだ。

ツキや流れを語るほどに、私は麻雀を知らない。

けれど、それが、存在するだろうことはわかっている。

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舐めプの一打 [九州麻雀ほうろうき]

 そこは、よく麻雀を学んでいた場所。

懐かしい気持ちが大きくて、

なんとなく、粛粛とした気持ちではなく

ただ、うれしく感じていたのだと思う。

事前の連絡もなく足を運んだ自分のために

同卓をしてくださるF岡先生との麻雀がうれしい。

懐かしいこの場所でF岡先生と打てることがうれしい。

そのあと、S藤くんとも20年ぶりに同卓できて

本当にたのしい時間だった。

東1局、2本場

よく見ていなかった。

けれど、5巡目の4ソウは、

手出しじゃなかったかな?

結局、南家のF岡先生から、リーチがかかる。

チンイツチックだった私はその数巡あと、以下の形

1122355667899

4ソウは場に3枚。

5ソウ6ソウは仕掛ける予定。

5ソウが打たれる。

1122355667899

ぽーん!

11223667899  ポン555

ここで逡巡。

369ソウは、安全ではないスジ。

36ソウはまあ、可能性としてはありそう。

でも、ソーズより他の色のほうがありそうなんだよね・・。

4ソウが場に3枚。5ソウも3枚。1ソウは自分の手の内をあわせると4枚。

9ソウに手を掛けようといて、

「スジを追って3ソウをひろえるんじゃない?」

「なんとか、強気に出て選択肢を持ったほうがよいんじゃない?」

との思考が脳裏をよぎる。そのまま、打牌を6ソウへスイッチ

何を血迷ったか6ソウを切る。

二ワンを雀頭とする8000点にぶちささった。

これ、やっちまったなー。

チンイツやってて、その色で振り込むなんて・・・

4ソウの手出しツモ切りを見ていないことと合わせて

6ソウ9ソウで切るのであれば、1ソウが4枚見えているのだから、

9ソウを切るべきだ。

ふだんなら、そうできている。

F岡先生にちょっと、いいとこ見せたかったことと、

いつもより、すこし攻撃よりではないと、

と、焦る気持ちがなかった、とは言えない。

ドラに不自由をと思い仕掛けた親番でドラの中単騎をツモリ負けたり、

当然F岡先生にそのまま押し切られて、そのオーラス

F岡先生は、家が買えるくらいの点棒を持っているオーラス。

ドラポンの仕掛けが入ったので、

これならどうみても、最大3900点だよーと思える

おなさけの、③③④④のシャボ待ちのトイトイ

に③を振り込んでいただき、その最初の半荘は終了をした。

「も、もうひと半荘お願いします・・・」

私は、泣きのもうひと半荘をお願い申し上げる。

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てなり32000。 [九州麻雀ほうろうき]

 今年の麻雀は、泰然自若。

そういうお年頃。

だから、というわけではないけれど、たまたま功をそくして

初打ちから、お年玉をもらう感じとなった。

一八九九九②⑤⑥⑥⑧⑧南北

ドラ北。

西家東2局。

対々和軸と行きたいところだけれど、

ドラの北が非常に「おれおれ、おれだよー!」

と自己主張が激しい。

チートイツ。ああ、チートイ軸で組むべきなんだよね。

うんうんわかってます、ええ。

⑥をツモッた。一番むつかしいところをツモッた。一を切る。

八九九九②⑤⑥⑥⑥⑧⑧南北

南重なる。打⑤

八九九九②⑥⑥⑥⑧⑧南南北

南が下家から打ち出されるけれどスルー。

数巡後、ツモ② 打八

九九九②②⑥⑥⑥⑧⑧南南北

このあとは、②も⑧も南もすべて仕掛ける。

ツモ2000、4000

ロン2600

悪くない。

もしも、もしも、北を引いたなら、⑧をハズす。

②とか、南とかは、アンコウになりやすいし、ミンコウでも取りやすいはずだ。

せっかくアンコウになってくれている牌を、トイツに戻して

チートイドラドラというのは、いやだ。

⑧を引く。北切りリーチ。

②も南も、配牌では一枚しかなかった牌。

重なって重なってアンコウになりたがっている。

ツモ山に手を伸ばして、牌に触れたとき

抜け番の仙人さんに見られてる感じがした。

②をツモる。

振り返ると、

「その四暗刻は和了できそうだね」

と、仙人さん(西風荘のますたぴょん)が笑顔で答える。

ツモレそうだから、邪魔をされたくなくて

 (一発 裏ドラなしのルール)

リーチを打ったのだけれど、リーチを打つと、

私の捨て牌の⑤スジ牌である②は出やすいし、

場に1枚切れの南も出やすい。

チートイを警戒してくれていれば、②も南も打ち出されにくいのだけれど

手出しのドラ北切りリーチだと、アンコウのドラ北から、

一枚外してチートイテンパイでリーチを打った、というケース以外は

チートイ!とは読まれない、のではないか?

チートイ?かなあ?くらいな感じ。

リーチは必要なかった。やっちまった。

スーアンコウテンパイで、ほんのちょっぴり、いい気になっていた。

結果、②をつもったのだけれど、場の空気は、最高に

「ふ~ん?」

みたいにしらけ切っていて、ああ本当リーチすんません、な和了となった。

最終形で最高形なのだから、リーチで、基本的には問題ない、とは思ったのだけど

振り返って現在、リーチはない、と感じている地点で、リーチはない、のだろう。

麻雀、むつかしい。

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つかさ会。どようび。

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打牌の理由 [九州麻雀ほうろうき]

人間は、考える葦である。

自分が無知であることを自覚してしっかり考えること。

と、歴史上の哲学者は問う。

そのことには、等しく価値がある。それは間違いのないこと。

けれど、考えること、そのことが打算にならないようにしなければならない。

こうすれば、自分は損はしない、でも・・・

こうすれば、自分は得をする。でも・・・

この損得をしっかり勘定したうえで、どれだけ他人のことまで考えることができるか?

いや、他人のことをしっかり考えたうえで、

他人に納得していただくことを、自分の嬉しいこと、とすることができるかどうか?

これが、一番大切なことではないだろうか?

私の今回の打牌の理由は、あまりにも自分本位だし、届いていない。

③④⑤⑦に⑥を引いた。

尖牌である⑦を繋いでの3面待ち。③④⑤⑥⑦

この牌の変化をどう感じるか?

①②③③④⑤⑥⑦⑦⑧⑨南白白 ツモ⑥ 打南

まず、藤岡先生は、この半荘は攻めている。

そして、白をポンしての3900点を見送っている。

それらのことが、矛盾なく今回のリーチに繋がる。

以下の私の理由。これらは、損得勘定でしかない。

一発裏がないので、リーチには以下の効果しかない。

・他家を押さえつける。

・7700点が8000点のツモ和了になる。

・6400点が8000点のロン和了となる。

これらと引き換えに、捌かれるリスクを負う。

リーチを打った藤岡先生の捨て牌には、上家である親番の欲しそうな牌がいっぱい。

リーチを打って、親番の上家であるところの対面がおりて

リーチ者の現物である牌を抜き打つことで、親番が1500か、2900点で和了する。

そのリスクが生じる。リーチを打てばさらに1000点を供託するわけだから、

もし、リーチを打って最悪親に振り込めば、リーチ棒を含んで、

2500、3900点の失点となり非常にリスキー

いずれにせよ、リスクが高い。

本来であれば、打ち出されない牌がリーチによって、ほりだされてしまい

勝負手をつぶされてしまうことは、なんとも切ない。

だから、リーチは打たない。

これらのことをしっかり理解したうえで、なおも

自分の打牌への姿勢への整合性と、牌の変化を信じて

「和了を拾いたい」という我欲を捨てて、リーチなのだ。

リーチを打つことの理由が、これらの打牌の優位性を理解したうえで、なお

・手牌を信じて組んできたこの半荘での戦う姿勢。

・白を仕掛けずに、③④⑤⑦への⑥引き。

脇からのダマのロン和了ではなく、正々堂々ツモ和了にかける。

充分形としての最終形だからだ。

これは、我々が当たり前としてきた「感性の麻雀」である。

いつしか、わたしは、考えていること、それのみを理由にして

怠けることをおぼえてしまっていた。

考えることは、当たり前。誰だってできる。

そんな当たり前のことだけを理由に打牌を紡いで、

それが誰かの心に残るだろうか?

「リーチはありえない。」

だが・・・これは敢えてリーチだ。⑥引きにそれを感じたから。

点ではない、線の麻雀。

⑥を引いたことと、和了とは関係ない。

白を仕掛けなかったことと、リーチを打つことは関係がない。

麻雀の事象は、言語化できる部分は点の部分。

それ以外の事象は確かに、言語化困難ではある。

では、逆に、これらが関係ない、といえる理由も存在しないではないか?

流れとか、ツキとか、そういうものも、存在していないということが証明できない以上

それは存在していないこととはなり得ない、のではないか?

以前の私なら、このリーチに「なぜ?」などとは思わない。

「当たり前のことを考えた上で、なお、」

のリーチであることは言われるまでもない、からである。

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つかさ会。どようび。1月10日。

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