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地獄麻雀 [地獄麻雀]

 この記事は、完全フィクションです。

いつか、遠い時代に、どこかで夢見たなにか。

現実であろうはずはない。

このシニアは魔人なのだ。

発声しない、そして、ゼンツ。まさに魔人。

最初の2回。

覚悟はしていたけれど、想像を絶するマナーだった。

某シミケンの記事「イライラ麻雀」クラスのイライラ麻雀である。

:ブログ下のニャンコから、アクセスできますにゃ。

シミケン氏は、紳士なので、対局者に苦言は伝えないだろうけれど

私は、そういう度量は持ち合わせていない。

意思の表示は、責任だ、と勘違いしている私は

言わなければ、符合しないことは言葉にしたい、と思っている。

 ツモ和了すれば、牌を叩きつける。

なんでそんな大きな音を立てる必要があるのか?

理由は簡単。

自分が気持ちいいから、だ。

でも、そのおかげでこちらは気持ち悪い。

もちろん発声なんてしない。

和了したときの王様感ときたら、もうハンパない。

数年前に同卓したときにも、発声なしで牌を叩きつけていたので

発声を懇願いたしましたら、めくじらをたてて

「発声しました!」

とまるで「わたしがいいがかりをつけているか」のように

烈火のごとくキレられたので、ああこのひとは、

「いつも発声したと勘違いして生きている人なのだなあ」

と静かに諦めた、そんな時代があった。

 点棒は、相変わらず投げつけてくる。

点棒って、卓のクッションに着地したあとも

ああこんなにも、すべるんだなあ、と思った。

アタマにきたので私も投げ返してみたけれど

なんだか、モーレツに沈んだ気持ちになって

やんなきゃよかった、と後悔した。

危険牌を切るたびに「これはあたるだろ?」

「これはあたっても仕方ない」

などと、鬱陶しいことこの上なかったので、

私は丁寧に進言させていただいた。

「いちいち余計なこと口にしないでいただけますか?

和了されるときには、和了されるのだから。鬱陶しい。」

もちろん、がん無視である。

都合の良い耳をお持ちである。

わかっていた。

こうなることも、わかっていた。

いらない牌を全て切ってくるので、麻雀にならない。

④⑦待ちでリーチを打ったときも、

全ての牌を押された。

もちろん、そのゼンツっぱの牌で和了できることもあるけれど、

そんな和了嬉しくもなんともないわ。

いや、それも麻雀なのだろうけれど、私はいやだ、そんな麻雀。

毎回いらない牌を切るだけなんて、つまんないものに

時間もお金も、私は使いたくない。

8000点を直撃して、点棒を投げつけられた3回目の南場。

我慢が限界に達した。

三三七九②②②③④⑤⑥56

シニアのリーチの巡目に、この形八ワンを引く。

三三七八九②②②③④⑤⑥56

七八九は、シニアリーチの現物。

九ワンを外そうとして、馬鹿馬鹿しくなる。

⑥とか、6ソウとか単騎待ちでもリーチを打ってくる相手の

私は何を考えているのだろう?

意志なき麻雀を考えてもそれは虚しいだけだ。

本当に、私はだめだなあ。

ひろりん師匠みたいに、「どんな相手とも真剣に戦う」なんで、絶対にできない。

だって、これは私の求める本物ではない。

何が本物か、なんて自分はよくわかっていないのだけれど、これは違う。

この⑥を切ってこの半荘でラス半。

そう心に決めたとき、なかにゃんが店のカウベルを鳴らす。

ああ、これは帰るわけにはいかない。

なかにゃんが来ると、

「ラスはんで!」

という、なんちゃってラスはんコールの意地悪をデフォと

してきた平素がある私。

もし、ここでラス半コールをしたなら

「なかにゃんと打ちたくないから、帰るよん!」

みたいな誤解を招く可能性も無きにしも非ず。

③をシニア魔人に振り込んで、

おつりの点棒を投げ返された後、

試練の最終半荘がはじまった。カエリタイ・・・

最期の半荘は、カエリタイ気持ちしかなかった。

人間の価値は、年齢や財産では決まらない。

心の底からそれを痛感する。

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たそがれのとき [地獄麻雀]

「ああ、本当につまらない麻雀だったな。」

「時間とお金が勿体無い。」

そう思うくらいなら打たないほうがいい。

そんなことは分かっている。

麻雀は、「誰と打つか?」これに尽きる。

大切なのは、麻雀に対する意識をどのように持っているか?

どのような意識を持った人と打つのか?

これに尽きる、と私は思うのだ。

麻雀を始めて間もない時分、メンツを求めて

たくさんの人を麻雀に誘った。

1番論外なのは、他人が和了すると怒り出す人。

「いい手だったのに、なんで邪魔するんだ!」

みたいなことを口にする、これは論外。

また、遅すぎる人も論外だ。

友達の会社の上司との対局にお邪魔したときは、本当に最悪だった。

まあ、このあたりのことはいつか、どこかで機会があれば掲載する、として

ともあれ、たくさんの人と同卓させていただきた結果、

結局、麻雀は打てれば相手は誰でも良い、というわけではないのだな、

と私が気づくまでにそんなに時間は必要としなかった。

麻雀は、その人の人間性がそのまま現われる。

年齢とか、性別とか、社会的地位とか、そういうものを

麻雀に持ち込もうとする人間は、実社会でも、

そのように振舞っているのだろう、と容易に想像がつく。

そして、それは死ぬまで治らない宿痾のようなものなのだから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しっかりと打てていてば、成績は安定しなければ、おかしい。

そのことが、それほど大変ではない、ということを実証する意味もあって

今月、あと4回、半荘を重ねる必要があった。

当たり前に当たり前の打牌を怠けずに積み重ねてゆくこと、

これだけで、成績のぶれはなくなる。

大きなマイナスが続く、ということは、牌勢以外にも理由がある可能性があるのではないか?

書店で、本を物色したあと、例のカフェのカウベルを鳴らす。

この店のマドンナやさださんとのファミリー麻雀ならば、それもまたよい。

そう思っていたところ、私の得意としないシニアの姿を店内に見つけた。

理由は簡単で、

「発声しない。」

「点棒を投げつける。」

「身勝手にも程がある。」

この3拍子。

絶対に同卓したくない相手である。

もちろん、本人は自分の所作を顧みることなど

1ミリもないものだから、平気の平左。

もちろん、よい、わるい、の問題ではない。

私が、「イヤ」なのだ。

帰ろう!。ムリデス!

そう思ったけれど、私には今月時間が無い。

この日を除いて半荘4回を重ねる時間など存在しない。

でも、帰ろう・・・

帰るべきだ、と何かが私に知らせている。

猛烈に迷っているそんなときに

マドンナが、

「コーヒーでいいですか?」

と声をかけてくださった。

よし、打とう。

これも修行だ。

お金と時間を使って、理不尽を消化する修行。

そんな風に自分に言い聞かせながら、

でもそれは「自己欺瞞」だ、と強く感じていた。

おそらく、最初の直感が正しい。

190パーセント不快な気分になることは分かっている。

同卓者に迷惑がかからないように、

我慢の限界が来たなら、退出できるように

スマホのアラームを設定する。

半荘が始まった。

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