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次局へ繋がる?チートイツ [閑話休題]

 


南2局


南家。


チョーうざい親のリーチが入る。


リーチが入って、四ワンを1枚


3ソウを1枚、6ソウを1枚。


9ソウを2枚引いた。


チートイ!ドラなし!


の聴牌である。


問題は、四ワン待ちにするか、6ソウ待ちにするか、この2択。


親のリーチは高そうだけれど、


なかなか和了できていない様子から察するに


存在しない待ちなのかも知れない。


「そんなへっぽこ麻雀、恐れるに足らんわ。」


私のドラ無しチートイ。


3ソウ6ソウ9ソウ。


このスジがいっぱい集まってきている。


もし、親のリーチがこのスジだったとすれば、


「相手の待ち牌を抑えてツモ和了する!」


という、次局親番の自分にとって神のような展開をきずけるのでわ・・・


場には、マンズが安い。


でも。


次のツモをイメージしてみる。


むむむむ。


流れるようなイメージ。


これは、どう考えてもソーズだよね?


かくかくした四ワンなんかじゃない。


待ちは6ソウ、君に決定だ!


四ワンを叩ききって6ソウ待ちでリーチを打つ!


「リーチでござる!」


一発で四ワンを引いた。


結局6ソウを引くことなく流局。


親の待ちは全然関係ない⑥⑨ピン。


678の三色だから、数は合っていたかも・・・。


そもそも、ソーズは場に高くて、マンズは場に安かったけど、


それなら、なんで、自分のツモスジ369ソウばかりなんだよ!


っていうハナシですわ。


ツモスジを信じたなら、なんか知らないけど


全然違う四ワンあたりが結果正解だったという意味不明な展開。


次回、同じようなことがあったなら、


場に安いほうの牌で受けるようにしますわ。ええ。


369ソウを引いてるから、そのすじで、


という考えそのものが安直だったのかも知れない。


チートイツは難しい。


 


 


 


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12000 [閑話休題]

 


 


二三四六六⑥⑥⑦⑧⑧⑨⑨⑨


「ロン」


親番の青年は、申し訳なさそうに手を開いた。


「3900か? いや・・」


青年が裏ドラをめくる。


五ワンがドラ表示牌で、こんにちは、ナデコダヨ。


六ワンが裏ドラモロ


リーチ、イーペーコー、ドラ2


の12000点。


よい和了だ、と思った。


青年のまっすぐな気持ちを


大きくくみ取った12000.


・・・・


「はい」


そういうことなのだな。


その⑦で、私の連帯は途絶えた。


それが、ヒューマンエラーであったとしても、


それを、「なかったことにして打つ、」


ということ、その考えそのものが「思い上がり」だ、と。


そもそも、人読みを信じて打つこことを、戦術としていたにも関わらず、


なぜ、⑥で大きく止まったときだけ、


「それが、言葉に出ていた、ということで情報が公に開示されていたけれど」


和了牌である⑦を切ってしまうか?


その理由は、親リーチが安い可能性が高く、


自分の手牌がドラ爆弾だから、だ、ということが大きな理由だ。


どのみち、押していた牌。


それを、本来与えられない情報には従えないから、切る、


と、なんとなくヒロイックに上書きしてしまったことで、


奇妙なアヤを「自分でつけて」しまった、ということだ。


正しくは、⑦は、それが和了されると分かった地点で、


親リーチ安いからなどど侮らずに、止めるべきだったのだ。


考え方を変えるなら、安くみえるけど、実は裏ドラで高得点となる


親リーチに飛び込まずにすむように、麻雀が教えてくれた、


という考え方だってできる。


人読みの情報処理方法が、しっかりと確立できていなかったゆえの


振り込みだったなあ、と勉強になった。


 


 


 


 


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そして時間は動き出す [閑話休題]

 


そのリーチには、捨て牌に三色、染め手の気配はない。


裏ドラ2枚乗ったとしても、いいとこ7700だ。


全てのドラが私の手の内にある以上、


そのリーチに臆する理由など1ミクロンもない。東場だし。


どうすればいいか、わからない。


本当にわからない。


和了牌である牌を切る必要があるのか?


わからない、だから・・・


⑦を切る。


⑥での「ザ・ワールド」(時間が止まるスタンドだよ)


は、本来なら私が得ることのできなかった情報だ。


それがなければ、⑦を切っている。


そういう情報を利用して対局に臨むということは、


雀ゴロのようで、現在の私には激しく抵抗がある。


見せ牌を指摘したり、相手のこぼした牌の情報を拾ったりして


卓上のお金を拾っていたあの頃。


下家のツモ牌とか、丸見えでも指摘しない、


他家の点数の過小申告も指摘しない、そんなあの頃。


現在は違う。


対局の内容を競っているのだ。


相手の弱みにつけこんでいる、と


自分が感じるのであれば、それはダメだ。


⑥へのリーチ者の逡巡は見なかったことにして⑦を切るべき。


わざとじゃない、⑥のザ・ワールド。


それを利用して、牌を止める


そのことは、本当に自分の精一杯なのだろうか?


何が自分の精一杯なのだろうか_?


卓上に落ちている情報はすべて活用することが


麻雀に対する誠意ではないのか?


わからない。


本当にわからない。


だから、私は⑦を切って、答えを麻雀に尋ねることにした。


この⑦の振り込みが、致命傷となるのであれば、


今後、私は、他家のエラーであっても、


それが本来あたえられない情報であったとしても、


全て活用して闘いに臨む。


「ロン」


親番の青年は、申し訳なさそうに手を開いた。


 


 


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超大型逡巡「ザ・ワールド」 [閑話休題]

 


そんなこんなで、定位置につけたまま、対局は続く。


東3局南家


ドラを仕掛けてさらに赤3枚を使用している


私の食い仕掛け、タンヤオドラスリーいや、ドラシックスである。


そこに親番からリーチが入る。


親番の青年は、本当に真剣に麻雀と向き合っている。


その様子が打牌にも、ただずまいにも現れている。


打っていて心地よいそういう懸命さが卓にもこぼれて


私も嬉しくて仕方なくなる。


そのリーチには、捨て牌に三色、染め手の気配はない。


裏ドラ2枚乗ったとしても、いいとこ7700だ。


全てのドラが私の手の内にある以上、


そのリーチに臆する理由など1ミクロンもない。東場だし。


⑥が場に打たれた。


「あ、ちょっと、すいません。


本当にごめんなさい。」 


・・・・・・・・・・・・


「あ、大丈夫でした。」


その数巡あと、私は⑦を掴んだ。


⑥で、時が止まるくらい悩んだのだから、


⑦はほぼ、当りである可能性が高い。


六ワンや6ソウと間違える、とか、


入り目の情報がインプリントされていて、勘違いした、


とか、そういうレベルの逡巡ではない。


ピンズの待ち取りの理解不足。


これだ。


どうする?


⑦ピン。


親のリーチのゲンブツでテンパッている私。


コンマ1秒で決めなければならない。


 


 


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初戦 [閑話休題]

 


楽しそうな空気のなか、大会が始まる。


場違い感のぱない自分が、この空間に存在していることに


とてつもない心地の悪さを感じながらも


自分の麻雀をしっかり打つことを念じる。


どういう状況だろうと、麻雀なのだから。


自分の武器は、人読み。


初めての相手であっても、これしかない。


精一杯打つ、ということが目的なのだから


持てる力は全て出し切るつもりだ。


相手のほんの少しの心の機微を


必ず汲み取って、それをそのまま麻雀の戦術としたい。


初めての相手との同卓だけれど、


東場だけで、最短4局ある。


4局もあれば、癖はわかる。


逡巡と長考の重なりで、手牌の進行度のおおよそは


掴むことができる。


注意することは、聴牌後の逡巡。これだけだ。


一発赤有りなので、聴牌が入れば


ほとんどリーチを打ってくる。


なので、本手は強く打ち込む。


間に合わなければ、横移動を操作する。


この作業でバランスよく、局を回すことができる。


また、リーチ後のツモによる反応でも


ある程度和了牌は絞り込める。


例えば三ワンの切り方が通常と較べて


「どこか違和感がある感じ」というのであれば、


マンズと3ソウ③ピンは切らなければOK.


ただ気をつけなければならないことは、


イーシャンテンで埋まった牌に対して


うっかり過剰反応をしていることもあるから、


それだけは要注意だ。


聴牌時の目線の動き、手牌の理牌の癖など


あらゆる「ひと」の情報を可能な限り


効率よく情報収集する。


ぶら下がって、逆転勝利を目指す、


そういう麻雀で戦いたいので、


初戦は「悪くない位置」につけることが重要だ。


 


 


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牛丼 [閑話休題]

 


牛丼が好きだ。


はじめて、吉野家がオープンしたとき


その


はやさ やすさ、うまさ、


に感動した。


カツ丼のほうが好きなのだけれど、吉野家の牛丼は


これはこれで、魅力的だ、と思う。


わたしの麻雀のそばには、いつも吉野家がいる。 


朝まで、麻雀を打った後の、牛丼。


徹夜麻雀の前の牛丼。


おいおい、そんなにしょうがいれるなよ、


しょうがないな、みたいなことでも


笑ってしまうナチュラルハイな時間。


と、いうわけで、その大会の参加の直前にも


吉野家の牛丼を食した。


戦闘準備はOKである。


ひさびさの赤有り麻雀だけど、


フリーならこれがスタンダードなのだから、


ちょっと打てば、勘も戻るだろう。


注意することは、


①他家の聴牌


②他家の値段


この2つ。


他家の癖とか動向をデーター集積したいのだけれど


こういう大会では、それは難しい。


いわゆる人読みの部分は


かなりの対回数を重ねないと


実戦に使うことは難しい。


とにかく、他家の聴牌と、値段


この2つを軸に場を掌握してみることにしよう。


 


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大会にて [閑話休題]

 


わたしは、大会が得意ではない。


勝つこと、を目的とできない自分の麻雀


やはり大会には向いていないのだ、と思う。


勝ちたい、と思う気持ちがどうにも沸いてこない。


勝ちたい、と思って一生懸命に打っているひとたちに


「勝つって何に?」


「勝って何の意味があるの?」


と、本気で思ってしまっているのだ。


自分には、勝つ、その事の先に未来が見えない。


もちろん、勝ちたくって仕方がなかった若い時代もあった。


けれど、勝つことの価値が、よくわからない、ということが


本音である以上、勝つことを目的には打てない。


それよりも、慈しみたい。


大切に大切に、麻雀を噛み締めたいのだ。


麻雀は、自己実現の場。


自分が満足できないことをなしに、前には進めない。


 


・・・・・・・・・・・・・・


とある、大会?に誘われた。


若者が中心のその場所に、なんとも自分は似つかわしくない。


彼らのための自由な時間に、自分が参加することで


余計な気を使わせてしまうのではないか?


ということが、本当の気持ち。


けれど、誘ってもらえたことについては


とても嬉しかったので


メンツが足りないときの補充要因として、


お邪魔にならないように、その場所に足を運ぶことにした。


自分は、みなが楽しそうにしている様子を


ただ眺めていることが出来れば、それでよい。


そういう気持ちでいたのだが、


参加人数がジャスト16人。


図らずも、参戦を余儀なくされた。


大会なんて、何年ぶりだろう?


勝ちたい、とは思わない。


ただ、自分の麻雀を精一杯打つだけだ。


どんな結果であっても、


それを自分の歩んだ足跡として


誇れるように。


ひろりん師匠がいつも仰ってた


「これが、最後の麻雀と思って打ちなさい。」


その言葉を反芻する。


 


卓上の牌のなかに、妙に赤く光る牌が見える。


あ、そうだ・・・


赤有りだ。


赤有り麻雀。


リアルで打つ、赤有り麻雀に


しっかりアジャストできるだろうか?


という大きな不安を抱えながら対局が始まる。


 


 


 


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宇宙海賊 [閑話休題]

 


私は宇宙海賊なので、自由の旗の下に入卓する。


打ちたいときに打つ。それが、おれのポリシーだ。


そんなアウトローな対局のある局面。


親番 おれ、点棒はたくさん。


 四五六七八②②234578 ドラ7ソウ。


このシャンテン。


下家がリーチ。


6ソウ切りリーチ。


「やくまん、やくまん。」


とそらみみがする。


むう、下家の捨て牌から察するに、役満があるとすれば四暗刻くらい。


下家は⑤をツモ切る。


「やくまん、やくまん。」


また、そらみみがする。


⑤?もうこれはスーさんしかない。


私は、宇宙海賊なので、そらみみもすべて活用して戦う。


さて、まず、6ソウ。


ドラ表示として、6ソウたんはお仕事をしている。


6ソウを持って四暗刻も見れた、ということはソーズの形が


667 566 この2つ。


まあ、後者である可能性のほうが高い。


あと、66788と666778とかもあるにはある。


要するに、この6ソウ切りリーチの地点で、私の愛する6ソウはあと一枚しかない。


ドラ表、1枚、リーチ者の河に一枚、捨て牌に一枚。


あ、私の手牌はこれね↓


四五六七八②②34578 ドラ7ソウ。


上家から、三ワンが出たけれど、これをチーしても和了の目は薄い。


チーしておいて、②をポンして、7ソウ単騎ということも考えたけれど、


リーチ者のソーズが、666788


からの6ソウ切りかもしれないので、7ソウ単騎もいただけない。


とにかく6ソウは出ない、というか守備よく残っていてもたった1枚。


ドラ表示牌の6ソウを期待することは愚かだ。


三六九をツモッて9ソウをとる、これしかあるまい。


で、三をチーせずに、我慢。そしたら、6ソウが飛び出てきた。


けれど、100回同じ局面に遭遇したといて、101回、この三をチーして78のターツ


ペン6ソウのカタ和了のテンパイは組まない。


こういう和了を逃しても、全く気にしない。


ひろりん師匠や、Y氏がいうように、「そのまま受け止めること」も麻雀だ。


けれど、考えて検証だけはしなければならない。


考えていることに価値がある。


まあ、2900点を拾う局面ではないけれど、そらみみが聞こえなかったならどうしただろうか?


と考えてみる。


6ソウ手だしのリーチで、直前まで、667の形はリスクが高いので、


テンパイまでその形を保持しているとするならば、666788の可能性が高い。


もしくは、67と持っているところに、7を引いて、ドラトイツになっている可能性もある。


どのみち、形式テンパイ止まりだっただろう。


78のターツが配牌からピクリとも動かないのだから、戦う局ではないとうことだろう。


そういう、点棒拾う必要が全くない状況だったから。


さて、ここで、オカルトな意見を。


とにかく、9ソウにアヤがあった。


99南南 ①①①  九九九 ⑨⑨⑨


この69ソウ待ち。


そして、他家の和了も69ソウ。


けれど、そういう感覚は言葉では説明できない感性の問題。


69ソウは、自分にとって和了に遠いからといって、


ドラ受けのターツを払うなんてまねをしたとすれば、それは麻雀ではない。


69ソウが和了できないと感じていることと、69ソウが和了できないという事実を繋げてひも解く論理がない。


たとえば四五六七八②②234578 


ここに三ワンをツモり、一をツモる。


一三四五六七八②②34578


こうなり、さらに、6ソウがなく、(タンピンが望めず)マンズが取れそう、という状況があって初めて


論理的思考といえる。78切りのメリットが確定していて、マンズ受けのメリットが場況と符合している。


さらに、おまけ的な理由が「69ソウ和了できない」というアヤである。


時にごくまれに、あらゆる論理的な比較優位な打牌を否定するくらいの


絶対的な感覚に襲われることが現在でもある。


ほぼ絶対に近い言葉では説明できない不思議な感覚。


けれど、いくら私が自由に打つ宇宙海賊でも、その感覚にすべてをゆだねることは、できない。


やはり、感性を語るのは、おこがましい、と思うのだ。


 


 ドラ7ソウ。


ちなみに、この日は。


牌を12枚で組んでみたり、


ポロリとこぼしたり、


コーヒーを続けて2杯もかましたり、


とんでもないアウトローぶりだった。



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牌効率 [麻雀小説]

 


牌効率。


最近よくこの言葉を耳にしていて、なおかつ


なんとなく、よくわかっていないくせに


よくわかっているふりをして、会話をかわしていた。


牌効率って、その局面(場の状況)を鑑みた命題への効率。


多分、こんな感じでいいんだよね?


 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


グーグル博士に相談してみよう。


牌効率とは、


麻雀において、


聴牌に至る確率・早さのことを言う。


・・・・・・・・・・・・ 



え?


そうなの?


麻雀って、聴牌を競うゲームじゃないよ?


知らなかった・・・。


今まで、勘違いしていた。


まさか、牌効率が聴牌至上主義に起因しているとは・・・。


でも、確かに、状況抜きでの最善手というのは


客観的に説得力があるから、


これはこれでいいのかも。


シャンテンに戻したり、両面ターツを破壊する打牌は


牌効率がなってねえな、おい。


となるわけですな。


注意しようっと。


20170507220017.jpg


 


 


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 [閑話休題]

麻雀は武道的な要素を持っている、と思う。


麻雀は、道。


果てしない道を、ただただ歩をすすめる。


そして、いつしか、


それこそが、人生だったのだ、と思う日が来るのかもしれない。


::::::::::::



頑張って、頑張って、


それでも、報われないときに、


それでも報われない、と、


そういう挫折と直面をしたときに、その人の真価が問われる。


まだ、努力が足りない、と思うか、


努力が報われない世界を呪うか。


見返りが欲しくて重ねる努力では


きっとたどり着けない世界もあるだろう、と思うのだ。


そもそも、努力が報われている様子なんて


とんと見かけたことはない。


ようするに世の中はそういうもので、


報われるかどうか?ということ


努力を重ねる、ということは、独立した命題ではないだろうか?


と、私は思う。


報われようが、報われまいが、


好きだから頑張る、これでよい、と思う。


報われなくて、あきらめるなら


所詮、その程度の想いなのだろうと。


結果が欲しくて重ねる努力よりも、


好きで仕方なくって、結果努力をしていた、


後者のほうが、その道は幸福だ、と。


勝ちたい、から重ねた努力は、


勝てるようになれば、どうなってしまうのか?


尊敬されたくて、重ねた努力は


尊敬されたからといって、何か特別な意味を持つのだろうか?


道と、いうものは、


その到達点に価値があるわけではない。


その過程をどのように積み重ねたか?に価値がある。


旅と同じだ。


楽しめるひとは、どんなトキだって楽しんでいる。


楽しもうとしなくても、楽しんでいる、のだ。


もし、道を見失っているのであれば、


心を静かに、もう一度、


自分が麻雀について、どう思っているのか?


しっかりと見つめなおしてみることも、


一つの方法かも知れない。


道を見失って迷い、


ふただび、その道を見つけ出したときに、


その道程はゆるぎないものへとかわってゆく。

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