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圧倒的なちからの差 [閑話休題]

西風荘で過ごした時間は、わたしにとって


実践麻雀を勉強する場となった。


ひとがいて、お金がからんで


それを超越して、麻雀が存在する。


自分の思考は、「自分だけの狭量な思考」でしかない、


そういうことを学ぶことができた。


:::::::::::


店にかけてある鳩時計。


年季のはいった文字盤はローマ字。


時計の針が、午前1時を指す。


ぼーんと鳴った。


「あと、一枚にしますか?」


ますたぴょんがスタイリッシュに、尋ねる。


同卓していたジャンごろ風の男は、


点数表をみて、「それでよい」と頷く。


自分がプラスであることと、


私がマイナスであること、この2点を確認していたのだろう。


一枚というのは、おそらく点数表、一枚。


点数表のマス目が、6マスだから、あと半荘6回だ。


すこし、回数がある。


それでも、三人麻雀だからものの2時間ほどで、終わるだろう。


とにかく、この6回でプラスに転じる必要がある。


まるAのトップを最低でも3回取る必要がある。


(まるAというのは、一人浮きのトップ。大きなプラスになるんだよ。)


ゲーム代は、仕方ない。


とりあえず、最悪ゲーム代までのダメージですませたい。


その残り6回の半荘の、1回目。


打ち方を変えよう。


私は、手牌に組み入れるだけで、1000点となる一と九をとにかく切らないようにする。


そうすれば、私の手牌のほうが値段が高く見えるだろう。


だがこの一見「賢明」にもみえるこの戦略にはおおきな落とし穴があった。


そもそも一九など、チャンタを絡めない限り、ほとんど使えない牌。


基本完全先付けのルールである三人打ち麻雀では、78や23のターツはチャンタには向かない。


はっきりいって使いにくいのだ。


抱えると当然、手牌の進行が遅れ和了に結びつかない。


どうすればいいんだ。


けれど、牌に恵まれ、なんとかトップ目でオーラスをむかえる。


ますたぴょんの先制リーチがかかる。


このリーチに打ち込まなければ、私はトップ。


三人麻雀は、ツモでは点差があまり縮まない。


このお店のルールはツモリ損。


マンガンツモは2000、4000なので、6,000点しかもらえない。


私の持ち点が、


45,000点くらい


リーチ者ますたぴょんが2着目で


27,000点くらい。


倍満をツモられたとしても、16000点しか点差は縮まない。


だから、直撃を避けておけばよい。それがマストだ。それでトップだ。


ハネ満以上の直撃だけを避けておけばよい。


場に一枚打たれている北の手出しのリーチ。


三人打ちは安全牌を抱えることが少なくなりやすい。


けれど、さすがに手出しの北でのリーチは、シュンツ形のテンパイである可能性が高い。


また、チートイであれば、北より優秀な牌を待ち牌するだろう。


ここは、打ち込んではいけない。打ち込まなければよいだけだ。


私は手の打ちに固めたアンコウ九ワンを見つめる。


場に一枚も出ていない九ワン。


これを三枚下ろす。


そうして、あとは、ただひたすら我慢あるのみだ。


九ワンを切る。


ここで、九を切ることができないなんて、ブレまくりもいいところだ。


なんだろう、うまく表現できないけれど、高いところから落ちるような感覚が体を包んだ。


けれど、そういう感覚だけで九ワン切りを止めることはできない。


これが一番安全なんだ。


「ロン」


九ワンに声がかかる。


リーチ一発チートイ赤。


一一九②②2233(赤)55南南


こんな感じの13枚にささる。


8,000点でも一と九でプラス4,000点で、合計12,000点。


直撃をくらう。


手の中の九ワンを狙われた。


心の中まで読まれている、そんな感覚。


「裏ドラは必要ない変わりましたね。」


半泣きで、点棒を払いながら口にする私に、上品に微笑みながら


ますたぴょんは裏ドラをめくる。


のるな~ のらないでくれ~


でも、こういう時って裏ドラ乗るのよね。


サンマは牌の種類が少ないから、ただでさえ


裏ドラは乗りやすい。


案の定、裏ドラがのっていて、12,000点は16,000点。


首も切れた。


30,000点以下だ。


完全にオリに回ったつもりで打ち出したアンコウからの九がチートイにささり、吹っ飛ぶ。


最善手が最悪の結果を招く。


無理だ。


これは、完全に力の差だ。


勝てないよ。


こころがおれる。


それでも、何か方法はないか、考える。


考えようとする。


マイナスが止まらない。


もはや思考する力は私には存在していなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・


現在なら、少しわかる。


見なければならないことは、自分の手牌とか


自分がトップを取ること、とか


そういうことではない。


他家が、何を考えているか?だ。


その「麻雀への捉え方」が変わらない限り


結果をだすことなんて、できないだろう。


 


 


元祖 パラロス↓


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三人麻雀ノートップ [閑話休題]

 


りゃんはんしばり、のサンマで、麻雀をならっていた。


2役整わないと和了することのできない麻雀。


牌のあとさきを考えてしっかりと組む。


それに比べれば、1役あれば和了できる麻雀なんてカンタンすぎて


チョー楽勝だと。


とにかく自分は、「ひろりん師匠に教わった三人麻雀」で、かなり自信を持っていた。


だから、マイナスになるのか、なんてことイチミクロンも思っていない。


いくらプラスになるのか?どのようにして勝つのか?そればかりである。


マンズの二から八を抜いた三人うち麻雀。


ルールは、少し特殊で、一ワンと九ワンが1枚で1000点


九ワンアンコウでツモ和了すると、3,000点づつもらえる。


たとえば、


一一九九九②③④⑤⑥⑦⑧⑨


を①で、リーチツモ和了すると、マンガン、2000点、4000点、が、5,000点プラスで


マンガン、7000点、9000点。


ロン和了だと、8,000点プラス5,000点で13,000点だ。


赤ドラは3環帯と、白ドラ。積棒は1,500点。


「レートは50円」


サンマ50円って、結構大きいレートだ。


でも、100円の世界に比べると


だいたい3分の1くらい。


最初の半荘はオーラスに、九単騎をリーチでツモられ、31000点の2着。


30000点以下だと沈み馬が10つくルールなので、30000点以上ならば、まあよい。


2度目の半荘も、2着。オーラスでまくられる。


ジワジワと溶ける。


いつもオーラスまでは、調子がよいのだが、捲られる展開。


三人麻雀は、展開が早い。


いつのまにか、半荘10回を消化。


その間に2人浮きのトップを二回のみ。


それでも、5000円負けで抑えていた。


けれど、なんだろう、ものすごく違和感のある麻雀。


自分はしっかり打っていてしかも一度もラスをひかず、


それなりに戦えているはずなのにマイナスなのだ。


気味が悪いのは、ますたぴょん。


とにかくダマが多い。


ダマしかない。


仕掛けも少ない。


和了も少ない。


なのに、トップが多いのだ。


目立たない麻雀なのに、なぜか勝ってる。


・・・


気が付くと、マイナスは、10000ゴールドを超える。


これだけしっかり打っていて、なぜだ?


そう考えれば考えるほど、頭に血がのぼる。


そろそろ大きなトップを取らないと、やばい。


時間もさがってきて、となりのピンの卓は壊れた。


なので、ピン卓に移っての逆転という選択肢はもはやない。


考える。


そうなのだ、おそらくは一と九の使い方なのだ。


メンツとして使いにくい、一と九。


けれど、得点に大きく寄与する一と九。


これをどのようにして、場の展開に合わせて打ち出すか?


これだ、と思った。


私は、一や九は、サンマでは不要だ、と思っている。


結果、序盤に切り飛ばすこととなる。


私の一九の切り出しが早いため、一九の在り処が知れてしまうのだ。


よし、一九を温めて、切り出さずに手を組もう。


ラス回避で、点5で、三人麻雀とはいえ10000円も払いたくはない。


時計の針は、もう午前1時。


これ以上のマイナスを抱えて、の長期戦は、非常に危険だ。


imagesVS1K93MC.jpg


 


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風の吹き抜ける雀荘 [閑話休題]

 


私のなかで、これは次元が違うと痛感する人間が二人いる。


ひとりは、自分に「麻雀の道標」を示してくださった、ひろりん師匠。


もうひとりは、西風荘のますたぴょん。


「ちょっと何言ってるのかわからない」


というくらい麻雀への感覚が超越していて


場を掌握する力も桁違い。


さらに、始末の悪いことに、


自分の決断に全てを乗っけてくるし


高性能のABSも装備していて、ひどい牌は


ものの見事にビタ止まる。


必要な時に、必要な和了を組む、


その麻雀はとても勉強になる。


こちらから、質問しない限り基本何も教えてはくれないので


私は、どんな些末な疑問であっても、ますたぴょんに、問いかけ続けた。


麻雀もその道を求め続けると


賭けているとか、賭けていない、とかそういう概念が存在しなくなる、ようだ。


もともと、麻雀はすべてをかけてのぞむもの。


だから、その上に何が賭かろうが、屁でもないのだろう。


しっかりと気持ちをのせている麻雀。


ますたぴょんは、とにかく、重い。


4人打ちでも、3人打ちでも、波動砲のような役満がポコポコでる。


また、特定の人間を落ちないように支えるために、大三元を小三元に落として和了したり、


ちょこざいなな、技も持っていて


とにもかくにも、場を掌握する力が自分とは段違いだ。


(大事なことなので2回言いました)


同卓者との未来まで考えて打っている。


おそらく色々な麻雀への「想い」を


「重い」と思わせる「打ちまわし」の積み重ねによる


心象なのだろう、と思う。


私の心の中にあるイメージ。


でもそれこそが、目に見えない麻雀の強さ、なのかも知れない。


:::::::::::::::::::::::


大きな窓がある雀荘。


窓を開くと


涼しい風が吹き抜ける。


よく手入れされた店内。


天国かな、と


カンチガイするほど、居心地がいい。


私と麻雀にとって大切な場所。


:::::::::::::::::::::::


その年、引っ越した私の徒歩圏内に、麻雀荘を見つけた。


ノーレートもある、というフレコミ。


タウンページの広告欄。


ウエルカムムードの文字が躍る。


一万円札を念のためにポケットにねじ込み


そそくさと、試しに足を運ぶ。


西風荘と私の家との間にある


パチンコ店の中を通りショートカット。


大通りのかどに「西風荘」の看板を見つける。


「レート髙かったら、とんずらしよう。


できれば、ノーレートがいいな。


賭け麻雀は打ちたくないな。


お金に振り回される感覚は嫌だ。」


そう思いながら、細い階段を上り、店内へ。


古いけれど、綺麗に清掃された店内は、3卓稼働。


スタイリッシュなオーナーさんが レートを教えてくれる。


ピンの三人打ち麻雀、とのこと。


ちょっと、こわいなあ。


帰ろうかな。


実はわたしは、サンマには少し自信があった。その理由は


ひろりん師匠に、2役縛りの三人打ち麻雀で、鍛えてもらっていた時期が2ヶ月ほどあった。


いつも、最後は、スッタンばかりくらい続けて、大体600テンとか喰らう。


運ではない、完全なる実力だ。


北を抜くタイミング、色や場の合わせ方。


形而上にも存在できないはずの、「ツキ」の扱い方。


結局、「ツキ」など未来には存在しない。


その言葉に蹂躙される心の弱さが問題なだけだ。


同じ配牌でも「ついていない」と思った地点で、もう気持ち負けしているものだ。


そういうことを、この地獄のサンマで学んだ。


とにかく、「ひろりん師匠の修行を受けた自分」は三人打ちでも、


そうそう負けないだろうと、実は思っていた。


もごもごしてる私を察して


オーナーさんが柔らかく、話しかける。


スタイリッシュで、上品な雰囲気。


少しジョジョ立ちで、


「点5の卓で、少し遊びませんか?」


と言う。


私は、できればノーレートを希望なのだけれど、


と言葉を紡ぎつつも、腕試しをしたい気持ちもあり、卓に入る。


ルールは、少し特殊で、一ワンと九ワンが1枚で1000点


九ワンアンコウでツモ和了すると、3,000点づつもらえる。


たとえば、


一一九九九②③④⑤⑥⑦⑧⑨


を①で、リーチツモ和了すると、マンガン、2000点、4000点、が、5,000点プラスで


マンガン、7000点、9000点。


ロン和了だと、8,000点プラス5,000点で13,000点だ。


赤ドラは3環帯と、白ドラ。積棒は1,500点。


まあ、点5なら三人打ち麻雀でも、そう大きなことにはならないだろう。


万が一ノッテ勝ちすぎたらどうしようなどと


チョーシぶっこいたことを考えているわたし。


「勝ちすぎるのも悪いよな」


「勝ちすぎて出禁になったら、どうしよう」


などと。


「なんや、打つんか?」


もろ 雀ゴロのおっさんが振り返る。


「ええ、はじめましょう。」


その店、西風荘のオーナーますたぴょんと雀ゴロ。


でも、ちょろそうだな、と思った。


賭かった麻雀なんて、ちょろいもんだ。


そう思ってサイコロを振る。


→続きます。


自分を特別だ、ドコカでカンチガイしていたあの頃。


よくもまあ、思い上がってたものだな、と。WWW


 


imagesCAXTZ4I9.jpg


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どこにも届かないオーラスから [TSUKASA会]

 

ユージ オダに似たイケメン。


Iちゃんとは、フリー雀荘で出会った。


ここ一番での勝負強さもあり、


その打ち方に見惚れる若者もいたほどだ。


麻雀道場あがりの彼の


全く逡巡のない打牌は、王道を感じさせる。


30年前のお話だ。


いつもわれわれが常駐しているその店「さーくる」では


Iちゃんは間違いなくエースだった。


曲げてツモってツモってツモり殺すタイプ。


リーチと赤裏の麻雀だ。


(昔話でサーセン)


・・・


22時から、セット。


「いつもと違う店で打ちたいね。」だれが言ったのか


200円だか、100円だかの


いつもの店「さーくる」とは違う、フリー雀荘で待ち合わせ。


私が店に入ったなら、Iちゃんが


フリー東風に卓入りしていた。



「時間つぶしよ。」


振り返り にやりと渋む北家


Iちゃんの点棒は9000点


積み棒なし。


どうやらオーラスのようだ。


この店のルールは、積み棒は場に1500点。


赤チップは500円


白ドラはオールマイティで、リーチ後にツモれば祝儀。


Iちゃんの麻雀を後ろ見していると、


これからセットで打つ予定の「さーくる」の仲間(後輩)が


入店してきた。


「ん!Iちゃん、フリーで打ちよるとですか?」


自分たちのハウスでエースであるIちゃんの麻雀に


後輩たちも興味深々だ。



二三四②③④⑤(赤)3999発発


8000点をどこそこにぶち当たるか、


もしくは、ハネマンシュウをツモるか


どちらかじゃないと、ラスのまんま。


ここに⑥を引く。


二三四②③④⑤⑥(赤)3999発発


ん、ツモ切りかなあ?


三色か、せめて発?


後ろ見をしながら、リーチはないな。


観戦していた他の後輩の2人もそう思っていたはずだ。


エースで強いIちゃん。


ここからでも、トップを取るんじゃないか?と...


Iちゃんは、音速ノータイムで


3ソウをぶん曲げる。


二三四②③④⑤⑥(赤)999発発


リーチ赤


2600点




ラスの確定するリーチ。


「どこにも届かないリーチ」


なんで?


2巡後、①をツモって


1000.2000.4の1枚。


1発ツモもなく、白ドラツモもなく


着順も変わらない。


「なんや、にいちゃん、やすい麻雀やな。!」


同卓者の誹りに、少し笑って


Iちゃんは席を立ち


「さあ、打つばい。」


とイケメンな笑顔をブツケてきた。


私は気になって、Iちゃんに


「何なん?あのリーチ。


ださくない?どこにも届かんリーチやん!」


と、つめよる。


Iちゃんは、厳しい顔で、


「あれは、あれでいい。あれでいいんよ。


麻雀は、あれ1局じゃないんやけ」


とつぶやくように言い放った。


私が、私たちが後ろで見ている。


Iちゃんに憧れている後輩が見ている。


でも、いいところを見せようとせず


うまぶらず、欲張らず和了に向かう。


ああ、Iちゃんの強さは、こういうところなのかな、と思った。


30年経った現在でも、この和了を思い出す。


これがノーレートなら、どうだろうか?


大会の目無しの状態なら、どうだろうか?


精一杯ならよいのだろうか?


高い手ならよいのだろうか?


誰に許されたいのか?


何に認めて欲しいのか?


①をツモッた後の朝までのセット麻雀で


Iちゃんはひたすらツモり続けた。


私が捌いても捌いても、ツモり続ける。


まるで、麻雀の神様に寵愛されているかのよう。


フリーでのオーラスのどこにも届かない和了。


あの和了と、そのあとの和了は


独立した事象で、科学的にも何の因果関係は証明できない。


けれど、Iちゃんの麻雀のスタイル、という意味では


ちゃんと繋がっている。


曲げてツモる、彼の麻雀。


⑥を引いて横に伸びた手牌を


自分の銭勘定を理由に蹂躙せず、


驕らず、ウマぶらず、真摯に自分の麻雀を打つ。


強い心。


強い心と強い麻雀との繋がり。


それを重ねることではじめて、


その人だけの麻雀が生まれるのかもしれない。


目無しの時にこそ、自分と麻雀のホントウが見える。


尊敬されたいのか、うまぶりたいのか、


言い訳をしたいのか、麻雀は道具なのか、


麻雀を愛しているのか?


自分の我欲で牌にひどいことをしてはいけない。


できることであれば、


私はオーラスの目無しのときには、


その半荘を振り返る。その気持ちが欲しい。


自分の過去の麻雀を振り返る。その気持ちが欲しい。


そうして、現在の状況を受け止め


何をするべきかを静かに問う。


とても困難。困難だけれど。


そこに点棒よりも大事なものが見えたならば


それに殉じたい、と思うのだ。


満貫条件。


5200でOK.など


目的があれば、人は強く迷わず 前に進むことができる。


けれど、目無しだとそうはいかない。


でも、そういう絶望のなかから、みえる未来には


きっときっと本当がある。


自分のマージャンとともに積み重ねてきた


時間と思いが、希望を連れてくる。


次の半荘へ繋がってゆく。


;;;;;;;;;;;


人生においても、


迷い道を見失い、全てを呪い、きっとどこにも届かない


もう歩けないと思う、そういう日もあるかも知れない。


けれど、そういう時こそ、


自分を大切に見つめなおしてほしい。


今は見失っている道が、きっと見えてくる。


それは、あなたが、これまで歩いてきた道。


そして、これから歩いてゆく道。


裏切られることなどあろうはずもない


人が生きているという、生きてきたという証。







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チャンタ忘れてる。 [TSUKASA会]

 さいきん、ちゃんたのこと忘れてる。


134からの4


679からの6


両面ターツを拒否して


チャンタ方面。これができない。


最近、チャンタのこと忘れてる。


チャンタが一番(自分にとって)熱かった時代を


思い出すべく、過去記事を再録します。


7年前?かな?


;;;;;;;;


点棒的には、数千点、私が上回ってのオーラスだけれど、内容的には もう一撃くらわしたい。


そう思い配牌を取る。


南家 オーラス ドラ1 配牌 二七九①①⑨⑨4南南西西北


チャンタの神様!キタコレ! 第一ツモ⑨  


打4 そして、ダブ南をポン。 西をポン。


①①⑨⑨⑨七九  南南南ポン 西西西ポン


ダブ南チャンタのテンパイ。


できれば、①を鳴き、九を1に変えて、ドラの1単騎のハネマンにしたい。


そして①ツモ ①①①⑨⑨⑨九 南南南ポン  西西西ポン 南をつもる。


4枚目。 リーチをかけることのできる親がいるのに、加カンが愚の骨頂。


私は、この4枚目の南をツモッた意味を考える。


①私は、完封勝利を目指したい!


②現在、2位のKさんとの点差は微々たるもの。(安全マージンとはいえない)


③上家の親は、点棒ちょっぴり。1.2回和了されても、俺が振り込まなきゃそれでよい。


④これ、あれじゃない?フォーカンツ。その前兆演出。


私は、ポンをしまくる雀風のため、過去に2回、フォーカンツの経験がある。


この間も、4回カンできたし。  


これは、天啓だろう! いっけええええ! カン! 新ドラペロリン。


九 だが、期待の4枚目の西はK氏に切られる。


フォーカンツがなくなった。・・・


だが、 ダブ南 ホンロートイトイドラドラ でバイマン。


その後、4枚目の①を持ってくる。 カーーーーーーーーーーーーん!


新ドラ ペロリン ⑧ これで、⑨をカンして、リンシャンでツモれば、トリプルだ。


けれど、私は、⑨のカンはやりすぎじゃない?と感じていた。


受けの牌がなくなる。


フォーカンツであれば、晒し役満確定。


全員、降りるだろう、だが・・・ 冷静に考える。


もし、親や他家がリーチに来ても、⑨を切って3巡受けることができる。


このセーフティは捨てがたい。


他家が、「間違いなくオリた」と確信できる牌が打ち出されるまで、


3カンツの⑨カンはない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


果、和了できず。⑨も場に打たれず。 河を眺めて、ガックンチョになる。


あ、これ、ショウスーシーだったのか・・・ 北が、自分の河にたくさん。


4巡目の北が早すぎた。


大きく、和了する気持ちがあり、あの配牌をもらっておきながら・・。


カン八の5200点、テンパイなど、とらねばよかった。


46二北④七 北六2③9五 三2北82九


9⑨⑨⑨  南南南南 ミンカン 西西西 


①①①① アンカン ドラ1九⑧


トップではあったけれど、 なんだか、失敗した感の強い麻雀だったなあ。 tりぷる.jpg
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お金と麻雀

賭けていないから、テキトーな牌が飛び出てくる。


そういう麻雀を打つことも、見てることも辛い。


そういうテキトーな人は、お金をもらっている仕事しか


ちゃんとできないタイプ。


(そういう人は、お金をもらっている仕事もちゃんとできてない)


例えば、賭けていて痛みを伴う麻雀であれば、


そんなテキトーな牌は切らないんじゃない?


などと、思わずにはいられない。


賭けて打つほどの、強い気持ちはないから、


賭けずに牌で遊んでる人たち。


賭け麻雀がダメなのは、違法だから。


ちゃんと打つのであれば、賭けようが賭けていまいが、おんなじ麻雀。


同卓すれば、麻雀への想いは伝わる。


麻雀をなめている人はすぐにわかる。


こっちは、遊びではなくちゃんと向き合っているつもりだから。


まあ、麻雀始めたころは、そうではなかったけれど。


 


:::::::::::::::::::::::


麻雀が打ちたい。


仲間打ちでメンツが(現在)揃わない。


今すぐ麻雀を打ちたい。


だから、本当にやむを得ずフリーに行った。


すんごい意地の悪いおっさんや


うっふんなマダム、ポンコツじじい。


どんなメンツであっても


麻雀を打ってくれるだけで感謝。


まっすぐ歩けないほどやられて


それでも、「麻雀を打てたから」いいや。となる。


麻雀を「誰と打つ」かは特に気にしないそんな感じの


麻雀覚えたての頃だった。


お金があれば、打てる。


お金がなければ、負けた時に払えないので 打てない。


打ちたいのでバイトをする。


働きまくってお金を貯めて打ちにゆく。


麻雀を打つためにお金がある。


「お金がない」と「打てない」。


調子が良ければ、お金が増える。


お金が増えたら、長く打てる。


お金は麻雀を打つための


「プレイングチケット」に過ぎない。


「打つこと」が目的。


「打つことができれば」他に望むものはなかった。


先ヅモしようが、三味線ひかれようが、


まったく気にならない。


そういうものも含めて「麻雀」だ、と思っていたから。


麻雀の入り口はみんなそういう気持ちなんだろう、って思う。


麻雀のためにお金を使う。麻雀が好きだから。


賭け麻雀の勝った、負けた、も合わせて。


でも、そのうちのほんの少しのひとが、


「お金」のために「麻雀」を打つようになっちゃうのだ。と。


勝てば、お金が増える。


その「お金」に、麻雀以上に魅力を感じてしまっちゃったのだ、と。


 


 



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くりっく願います↓


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邂逅

 


麻雀への想い。


他人も自分と違わない揺るぎないもの、だ、と信じていた。


でも、それは幼稚な盲信で、自分だけの祈り。


現実は果てしなく残酷だ。


オーラスまで、届く麻雀が打ちたい。


他人の時間を奪わない、卓を回せるメンツ。


それを求めて、少しでもそういうルールで打てる雀荘へ。


高い交通費と時間をかけて向かう。


 半荘4回。


すべてオーラスまで届いた。


当たり前だけれど、


卓の進行をみんなで意識すれば


「時間内に終局」は


そんなにむつかしいことではない。


その私にとって最後の半荘。


対局開始から、少し。


メンバーさんに代わって


東2局から、参加されたお嬢様。


麻雀が打ちたくて、大急ぎで駆け付けた様子。


打ちたくて仕方がないその気持ちが、本当に痛いくらいわかる。


真剣な表情で、牌と向かいあい、たいせつに打っている。


・・・・・・・・・・・・・・


ただ、いかんせん、動作が遅い。


その慣れないお嬢様に合わせて、卓の打牌スピードが下がる。


拙いであろうその麻雀に、みながあわせるイメージ。


卓の進行はおそろしく遅くなってゆく。


わたしひとりが、動作を早くしたところで、どうにもならない。


結局、錯誤行為が混ざって東3局での終局となった。


麻雀の棲み分けの問題だ、な、と思った。


上級者と初級者を混在させてはいけない。


どちらも不幸になる。


これが、勉強会や初級者向けの教室であれば


麻雀の所作が拙いことは、何の問題もない。


これから、「できるようになればよい」だけだから。


けれど、いわゆる上級者卓で所作が拙いことは、致命的に不幸だ。


「自分の課題すらみつからないまま」ただ打つだけの時間となる


可能性も多いからだ。


点数申告。


点棒の授受。


これらは、麻雀の勝った負けたより、はるかに大事なこと。


どうして、こんな当たり前のことから、


そこを入り口にして麻雀に入れないのだろうか?


理由は「麻雀は簡単だ」とみなカンチガイしているから、ではないだろうか?


役がわかれば打てる、と。


牌を切ることさえできれば、麻雀が打ててしまう、からだ、と思う。


でも、そうではない。


麻雀が4人でつくっていくゲームだ、ということを考えたならば


大切なことは卓の進行だ。


対人ゲームなのだから、作法はありきだろう。


ほとんどのひとが、中途半端に打てるものだから、


このことを疎かにして成長して、


決して気づくことはない。 


いつか、きっと自分で気づくだろうと、思っていても、


私の経験上、自分でそのことに気づくことができる人間に


出会ったことはない。


自分も気づかなかった。


師匠に激しく指導をいただいて、本当にゼロから直して


やっと意識できるようになったくらいだから。


でも、初級者であれば、正しい入り口から


麻雀に入ることができる。


せっかくのチャンスなのに。


;;;;;;


終局後、お嬢様が感想戦をされてる。


「発がアンコウで・・・」


と、真剣な表情で。


きっと麻雀が大好きなんだろうあ。


そんな風に思いながらも、


麻雀というゲームに対して


ちゃんとした半荘にならなかったことへの


なんとも収まりの悪い気持ちがこみ上げてくる。


せっかく、みんな麻雀好きなのに


ちっともうまくいかないなあ。


自分の望む麻雀は打てない。


自分の言葉も他人には全く届かない。


麻雀に対する粛々とした想い。


これを抱えたまま、麻雀に対して


「他人には他人の麻雀があるのだから」


「いつか気づいてくださる」


なんて、そんな悠長なことを言っていたなら


人生の時間が間に合わないではないか?


やはり、自分は自分の望む麻雀を打ちたい。


麻雀はひとりでは打てないから、


自分と近い意識の麻雀観を持っているひとを


さがしにいかなきゃいけない。


探しにいかなければ、出会えない。


リズムのよい打牌だけが響く。


みな所作はよどみない。


頭で考えることはすべてあらかじめ準備できている。


卓との一体感。 


呼吸もはばかられるくらいの集中域。


自分は、そういう麻雀が打ちたいのだ。


 抑えられない想い。


このままでは死んでも死にきれない。


新しい邂逅のために、これからの時間を使おう、と思った。



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君の知らない物語

 


*無駄な動作をなくして、


逡巡なく打って、


点棒の申告授受を速やかに


親番を捌いて


4人全員でその半荘のオーラスを目指す。


答え合わせの終着駅へ。


麻雀は4人で作りあげる


その仕事と営みの結実した姿だから、価値があるのだ、


と私は思う。


時間制限のある対局であっても、


オーラスを迎えることを目指すべきなのだ。


私はそう思う。


・・・・・・


「残り一局です!」


タイマーが鳴り、終局の時がくる。


「東2局ですよ、いま。


連荘されちゃいまして」


連荘された、のではなくて


連荘させた、なのでわ?


オーラスって、南4局


ぜんぶで8局あるとして、


全体の4分の1。


人生でいうと、20歳で終わりを迎える感じ。


無念な感覚しかない。


麻雀は4人でオーラスまでの物語を、紡ぎあげるものだ。


そう信じる私は、オーラスまで届かない半荘は


ノーゲームでも構わない、とまで思う。


東場で、物語は始まる。


いただいた配牌で、精一杯戦う。


東場の親番。


最初の勝負所。


チャンスとピンチが同時に訪れる。


自分の優位性を踏まえて、


最終決着であるオーラスを想定して


押し引きをはんだんする。


南場の親番。


クライマックス。


東場からの展開を受けてつなげて戦う。


南場のオーラス。


一番盛り上がるオーラス。


悔いの残らないように


東場からの麻雀を精査。


よい余韻を残せるように。


これが、東2局とかで終わってしまうなんて


物語になっていない、っつーの。


まだ、見ぬ、紡げなかった物語が


どれほど消えてしまっているのか?


 オーラスまで届かない麻雀は麻雀じゃない。


極論かもしれないけれど


自分にとっての麻雀は


しっかりとした意味のある物語でなければならない。


完全に私見だ。


そういう物語を4人で作っていきたい。


完全に自分だけの祈りだ。


でも、譲れないし、譲るつもりもない。


だから、自分一人でも


同卓者が「オーラスまで卓を回すこと」に


協力してくれなくても


麻雀を物語として成立させなければならない。


ちゃんと、昇華しなければ、


東1局の始まりが、道中があまりにも不憫ではないか。


どこで、打つ時でも


時間制限のある対局では


いつもいつもそう思って打っている。


自分の尊敬する打ち手達は、


みなそうやって仕事をしてきた。


良い悪いではない。


これは、自分の麻雀観なのだ。


強要はできない。


いつか、半荘をすべて繋げて


同卓者と振り返ることができる日が来るから。


いつなのか?


果てしない寂寥感に包まれる。


麻雀は、4人で打つものではなくて、


1人で打つものでなんじゃないか?


自分の麻雀だけが、ポツンと群れから


離れてしまっているような、そんな風景の中にいる。


とまで思う。


 



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発声の意味

 


個人的には、マナーは躾だと思う。


例えば、 仲間うちでの麻雀なら


発声を忘れようが


誤ってロン!してしまおうが、


それは、同卓している4人が


「よし!」としていれば


何の問題もない、と思う。


仲間うちで、そういうふわふわなゆるさも


(そういう意味では)麻雀の楽しみのひとつだろう。


けれど、他人と打つときは、そうはいかないだろう。


他人に対する礼儀として、


身に着けていなければならない、当たり前だ、と思う。


長考、逡巡、全て


他人に迷惑をかける可能性のあることは


全て細心の注意を払うべきだ。


そういうことを疎かにして


ふんぞり返っていることは


あまりにも見苦しい。


気が付かない、というのであれば


気が付かないという、そのことが論外なのだ。


親の躾がなってない。


お里が知れるわ。恥ずかしい。


例えば


発声をしない。


他人と同卓していて、発声をしない。


そのことに気づかない。


発声をしなくても、許されると思っている。


他人から許されると思っているし、


自分でも自分を許してる。


発声をせずに、牌を倒して


仕掛けを主張する。


声がないために、ツモ番は先のひとまで進んでる。


結果、先づも状態となる。


知ってはいけない牌の情報がこぼれる。


ゲームが壊れる。


このことの「罪の重さ」がわかっていない。


麻雀なんて、打つことはカンタン。


けれど、


「また、打ちたい」


と思ってもらえる麻雀を打つことは


ホントウにホントウに難しい。


 



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リーチを打たずにいられない!

仕事が終わる。


麻雀を打ちたい気分ではないけれど、


ただ、牌を触ってコーヒーでも飲みたい。


牌のある風景、その喧騒が大好きなのだ。


最近、一発裏なし、で打ってばかりだから


たまには、一発裏アリ、もいいかな?


まったりと。


一発裏なしで打ってばかりいると


裏ドラ乗らなくなるからなあ・・・


::::


東3局 西家ドラ北


親番はもう一度ある。


4巡目に


一二三三五七八九⑤⑥⑦22


ドラのないこんなテンパイ。


六を引くまでは・・・


六じゃなくても、二を引くまでは。。


ダイレクトに四ワンツモるならそれはそれでもいいし。


そしたら、親リーチがささった。


5ソウ引きました。→親リーチには切れません。


打三ワン


一二三五七八九⑤⑥⑦225


六を引いたなら、行こう。


親リーチさん 五ワンをツモ切り。


わたくしツモ⑧


一二三五七八九⑤⑥⑦⑧225


打五ワン


一二三七八九⑤⑥⑦⑧225


ピンズ伸びたりソーズの両面テンパイしたなら・・・


親番打5ソウ


わたくしツモ六ワン


・・・・


一二三六七八九⑤⑥⑦⑧225


打5ソウ。


一二三六七八九⑤⑥⑦⑧22


ピンズの伸びに期待。


九ワンが通る。


ツモ6ソウ。打九。


一二三六七八⑤⑥⑦⑧226


あれ?8ソウ引けば・・・


ツモ8ソウ!


うおっ!ホントウに三色になった。


一二三六七八⑤⑥⑦⑧2268


⑤を切るんだけど・・


ダマ?


いやいや


一二三六七八⑤⑥⑦⑧2268


これを2600点で和了することは、もったいない。


ダマでのツモ和了1000,2000もさむい。


でも、ダマにしておけば、四を引くかも。


タンヤオつくかも。


いやいや、もう充分です。


これは、7ソウをつもりにゆく。


もし、タンヤオがつくなら、


この


一二三六七八⑥⑦⑧2268


テンパイの前に、四ワンを引けばよいだけのことだし。


そもそも親リーささってなければ


先に一二三五六七八九⑤⑥⑦22


このリーチを打ってる。


けれど、親リーチに対応した結果


三色テンパイになった。


「場の状況的に追えなかったテンパイ」の和了牌よりも


「場の状況に合わせたテンパイ」の和了牌のほうが


先に寝ている可能性が高い。


(個人的なオカルトです)


個人的な経験則から、リーチです!


リーチを打って、四ワンを引くより先に、7ソウをひきあがる。


裏ドラは・・ないですね。ええ。


 



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